第2話 ラブコメ?いいえこれからです
久々の学校に登校した疲労で、ここ数日ろくに動いていなかった体はすぐに休眠を欲した。
東雲と別れた後、その隣の駅が最寄り駅の為、寒い帰り道をトボトボ歩いて帰った。車内で取り返しつつあった熱が一気に持っていかれ、手足の先がまた冷たくなるのを感じる。
(俺、何かしたっけか…。)
彼女の事が頭から離れず、その原因を延々と探し続けているのだが…。なにも思いつかない。
いつも通りの会話と対応、お茶を差し入れた事以外は至って普通な行動ばかりしていた…はず。
だとすれば、お茶が口に合わなかった…と思うのだが。ゴクゴク飲み干してたしね。
(大体、アイツって俺に容赦ないのに、何を言おうとしたんだ…?)
そもそもの疑問、あの東雲が口にするのも躊躇われるほどの内容とはなんぞ?
お茶が不味ければ「こんな物で遅刻がなかったことになると思ってるのかしら?」とか毒づきそうだし、仕事が遅ければ「遅刻した上に仕事も遅いだなんて、よくいままで役員をやってこれたものね。」など…。取り敢えず遅刻についてイジられるのは確定な気がする。
…うーむ。
(…そういや、わざわざクラスまで用事を言いに来たのって?)
よくよく思い出せば、事の始まりって朝イチのアレからだよな。
メールをすれば一発で終わる話だっていうのに、あの合理主義の彼女がクラスまで来るなんてどう考えてもおかしい。
必要書類を手渡しで持って来る事がなかったわけじゃないが、それは急を要する記入があった時だけであり、今回は当てはまっていない。
(俺がいない時にも来てたみたいだし…。)
となると、仕事を伝える用事以外に目的があった…とかか?
だとしたら、なんだ?目的があったと仮定して、クラスに来なきゃならない理由とは?
「わっかんねー。」
分かるわけがない。東雲の思考を読もうだなんて、俺程度の人間が出来るわきゃない。そんなことができるのなら、俺はアイツに言い負かされることはないだろうに。
加えて、謎に謎が絡まって理解も追いつかない…。
(俺に仕事を依頼する。伝えることが目的じゃなかったとして…、俺以外の誰かと会うことが目当てだとしたら…。)
誰に?高坂か?
いや、それは変だろ。仮にもあいつらは友達。頻繁に会う間柄じゃなかったとしても、俺と言う理由を付けてまで会う必要性が皆無だ。
…というか、それだけの事をして会う必要がある人物って?
彼女の交友関係を把握しているわけでは無いが、あのクラスに高坂並み…とはいかなくても、それに近い友達がいた記憶はない。
なんなら、うちのクラスは取り立ててチャラい系の割合が多いから、上辺の付き合いくらいしか繋がりが無いはず…。
(って、精々『あ、会長だ。』くらいの認識しかしてない奴ばっかだし…。)
そもそも、そこまでして会いたい奴がいるって前提がそもそも無理な話なのか。
結局、謎が謎のまま、自宅の扉に手をかけた。
「ただいまー。」
ーーー翌日。
「そりゃお前に会いに来たんじゃねーの?」
はぁ?
「はぁ?」
ついモノローグと同じ反応を口にしてしまった。
一人で溜めとくのもストレスになりそう…というのは建前で、単純に誰かと(高坂除く)話がしたかったので、…まぁコイツに言っちゃったわけよ。
「いや『はぁ?』じゃなくて。」
少し呆れ顔になっているのはなぜだろう。わかってねーなーコイツ的なニュアンスを感じ取ったので、お決まりの一言。
「んじゃ、へぇ?」
「そーでもねーよっ!」
軽い悪ふざけ程度で返してやるが、良い反応をしてくれる。
「へいへい。んじゃ、いつものラブコメ脳フィルター外そうぜ。」
「誰がラブコメ脳だ!誰が!」
「お前?」
「?!」
鳩が豆鉄砲を食ったようなで彼は固まる。又は軽い怒りによる思考処理?
「冗談だよ。」
オーバリアクションが面白くて、からかいたいのは否定しない。挙止動作が割と大きいのが彼の特徴だ。
「…たくっ。」
少し不貞腐れた感じの雰囲気だが、まだ話は聞いてくれそうだ。
「いやさ、真面目な話。理由が分かんねーのよ。」
「…たんに気まぐれなんじゃねーの?」
「んー、気まぐれ…?」
ありえない、とは言い切れない。しかし可能性は限りなく低いと思う。俺が知ってる彼女は、そんな気まぐれを起こすとは思えない。(俺をからかう時は別だけど。)
「そそ、お前の言うとおり、誰かに会うとかいうんじゃ無くて。卒業式も近いし、なんとなくフラッと寄ってみたかったんじゃねーの?」
「フラッと…ねぇ。」
こいつの言う言葉は、当事者でなければ誰でもそう思うだろう。ただの気まぐれ、偶然、気にしすぎ。そんな曖昧な答えで納得しようとさせるのは、当たり前の行為だ。
…けど。
(その前にも俺に仕事を言いに来てるのが引っかかるんだよなー。)
1度なら偶然で済ませられる。けど2度ならどうなる?昨日の気まずさは?昨日の空気は?
(気のせいなんかで済ませらんねーよ。)
確かな、しかし曖昧な根拠が、俺の中にはあった。
ーーーとかなんとか、適当に考えていたら、放課後になってしまった。(元々、昼前には終わる時間割だし。)
(あー…つかれた。)
自販機の前でお茶のキャップを開けながらそう思う。若干うろ覚えな校歌を歌うのって、音痴には辛いものがあるね。
帰り際、珍しく高坂に引っ張られてどっかに行った川田を見送りながら、俺も俺でおきまりの場所へ向かう。
昨日ああ言った手前、サクッと仕事を終わらせるべく生徒会室までやってきた。
まぁ、生徒会室って基本誰も立ち寄らない上に冷暖房完備のポット&菓子完備なヘヴンだから、半分は遊びに来たが正しいかもしれない。飲み過ぎ食べ過ぎには厳重注意されるけど。
扉の外から明かりがついていない(要は誰もいない)事を確認してから、部屋に入ると。
「…ん?」
馴染みのある機械音が部屋に響き、温風が体を包んでくれる。
端的に言えば、暖房が稼働している音だけが聞こえるが特に誰かがいるわけではなかった。
代わりに、机の上には出しっ放しにされているノートパソコンだけがポツンとあり、コードが繋がっている。
「?珍しいな。」
電気が消えていて暖房はついている。その上PCが出しっ放しというのは今までにない事だった。
付けっ放しのPCを覗き込めば、スリープ状態だったので適当なキーを押す。
「…ん?」
見れば最小化されているWordを見つけたので、何の気なしにクリックする。
「…。」
すると…。
(白紙?)
幾らかスクロールするが、全くと言っていいほどまっ白。誰かのイタズラじゃないかと思うほど何もない。
こんなファイル作った記憶はないし、書きかけの文章が無いことから、誰かが作業をしていたとも思えない。
「ほんっと、何だよこれ。」
そのままガリガリと下までスクロールしていくと…。
一瞬、文字が過った。
『屋上で待ってます。K君へ。』
…は?
「…は?」
いやまて、またモノローグとセリフが被ってる。
…落ち着いて、状況を、冷静に、整理しよう。本日は四月一日とは無縁な平日で、ここは生徒会室。暖房とPCが稼働している中で俺登場。
…うん、何これ。つか誰がやったの?
これ、誰がどう見てもラブレター的なサムシングですよね。それとも、川田のラブコメフィルターが俺にもかかっちゃったの?
PCに映る文字は、K君とやらに宛てたものらしい。
…K君。えーと、俺ら生徒会のメンバーでKがイニシャルにある奴は…。村瀬一輝、笹山浩一、あと俺。
そんでもって、これを書いた女子は…。橘さん、鈴木さん、野崎、山本に、あと…東雲。
うむ、誰が誰に当てたのかわけ分からん。…と、思ったんだけど。
(…東雲…、か?)
直感的に、それしか思いつかなかった。
都合のいい思考とでもいうか、勘違いしてるって方が現実的だってのは分かってる。
(待て待て待て待て、そうじゃないだろ…。)
彼女がこれを書いたというのは状況証拠でしかなく、他のメンバーが書いていないという保証もない。加えて、誰宛かすら不明。
「けど…、あの2人にって。…無いか。」
言っちゃ悪いが無い気がする。スペック的な面ではなく、好感度的な面で。
いや、だって、アイツらが仲良さげに女子と会話してるの見たことないし。村瀬に至ってはバレンタインに義理チョコもらっただけで大はしゃぎだったし。(某タケノコをモチーフにしたお菓子一粒っでアレはねーよな…。)
「でもだからって…。」
俺だと自惚れるのは早計な気がしてならない。てかあの2人同様、俺も無いと思う。
…けど、K君…って。そんな奴他に…。
(…いや、も1人いるじゃん、イニシャルKの奴。)
クイズ番組で、唐突に起きる閃きの様な、そんな感覚がビリビリ来た。
イニシャルはK、俺を口実にする理由、昨日の彼女自身。
これだけ揃えば、解は1つだろ。多分。
そうして、深く考えずとある誰かへ通話ボタンを押す。
数コール鳴った後、そいつはすぐに出てくれた。
『どったの?』
「あぁ、お前、今どこにいる?」
少し雑音が多く感じる事から、自宅以外のどこかだとは想像がつく。
『へ?駅前のマックだけど?あ、高坂もいるぞ。』
まぁ、1人でそんなとこ寄るキャラじゃ無いのは知ってるから、そんな事だろうとは思っていたが…。今はどうでもいい。
「…お前さ、生徒会室…あ、いや、屋上とか行ったか?」
『は?なに?生徒会室に屋上?』
なにそれ?と言わんばかりの声音だが、答えを急かしてしまう。
「いいから、行ったのか?」
『いや、そもそも高坂に連れてかれーー、え、なに?』
「ん?」
唐突に声が遠くなり、誰かが代わりに出てくる。
『ヤッホー、黒木ー?』
「高坂?」
ゆるーいいつも通りの声音…なのだが、二言目から何かが変わる。
『何してるのか知らないけどー、早くしなきゃダメだよ?』
「は?それってどういうーーー、」
意味が分からない、そんな一言に、分かることなど殆どない。
『んじゃ頑張ってねー。』
それを境にガヤガヤ聞こえていた音が聞こえなくなり、切られてしまった事が分かる。
「…なんだっつーんだよ…。」
言いたい事だけ言われた感じで、なんか気持ち悪い。てか勝手すぎだろ、マジで。
早くしろとはな何を指す?彼女は、一体なにを知ってるっていうんだ?
…なんて、とっくに思案するまでもないか。
「…これで勘違いだった、なんてなしだぞ。」
そのまま、深く考えずに動き出した。
ーーーギィィと錆び付いた音を奏でながら、重く、ゆっくりと開くドアを押す。
軽い息切れをどうにかしつつ、勢いだけで扉を開いた。
「…?」
そうして視界に映るのは、代わり映えしないただの屋上。
「…いや、まぁ、そうだよな。」
心にもない、いや、ただの強がりを口にする。
その可能性も考えていた。確認のためだけに見に来た。イタズラだと理解していた…。
そんな、虚勢ばかりが頭に浮かぶ。
まぁアレか、俺の深読みが過ぎたってだけの話か。
(高坂のやろー…。)
数歩前に進んで、寒空の下、なんの障害物の無い屋上を見渡す。人っ子一人存在せず、動く物も見えはしない。風が無いだけまだましだが、冷たい空気だけが否応なく肌を刺す。
「…帰るか。」
くるりと反転し、扉のノブに手をかけるに行こうとすると…。
「あら、遅かったのね。」
…聞きなれた、声がした。
どこから。そんな疑問を考えるより早く、上を向いていた。
見慣れた顔は、風に揺らされる自分の髪を押さえつつも、いつも通りのしてやったりといった表情だ。
(コイツ…。)
口角が上がってしまうのが感じられる。
何を言ってやろうか。高低差を利用したジョークか、嫌味混じりに驚いてやるか…。
「…たくっ、紛らわしいんだよ。」
何を考えても、口から出たのは普段通り、何も変わらない言葉。変に取り繕うのはやめた。
「そうね…。上がってきてよ。」
フッと左を向き、そこにある梯子を示される。
壁に備え付けられている梯子に手をかけ、登り出す。所々が錆付いていて、年月を感じさせる。
ついでに、鉄が冷え切っているので、長く触れていたいものでもない。
「っと…。」
登りきった先には、東雲以外に何も無く、ただのコンクリ地面だけがあった。そこにいる彼女は、当然、風を凌ぐ壁もなければ手袋やマフラーすらしていない。
(コイツ…、コートも無しって…。)
どれくらい待っていたのかは知らないが、寒かっただろうくらいの予想は容易にできる。
着ている制服のボタンに手をかけ、脱いだそれを東雲にかけて、隣に座る。
「…、ホラよ。それで、なんでここに呼んだんだよ?」
小さく「ありがと」と呟いた東雲は、空を見上げて無言でいる。問いかけても返ってこないのを察し、俺も空を見上げた。(意外に屋上という高さと時折吹く風の強さによって、立ちっぱなしだと恐怖感が煽られたのは秘密だ。)
(…そういや、中学の時もこうして空を誰かと見たっけ、あの時は夜中だったけど。)
なぜだか、唐突に思い出した記憶を再生しつつ、東雲を見る。相変わらず整った顔立ちであるが、この仮面の下に何を思っているのか俺は知る由もない。長い付き合い(約6年)といっても、言葉を交わさなければ何も判らないのだから、当たり前だ。
「もうすぐ、卒業よね。」
「…?あぁ、そうだな。」
なぜそんなことを聞いたのか?と問いかける疑問は挟まない。
「…それで、俺に何の用だよ?」
また沈黙が訪れる。流石にシャツとセーターだけでは寒い。俺から部屋に行こうと言うべきなのだろうか?
…いや、そんなことが聞きたいんじゃない。
彼女はというと、何か言いづらそうにしながら下を向いてる。
「…っ、ダメね。ここまでしといて言えないなんて」
顔を背け、一度たりとも目線が合うことがない。
ここまでしといて、ねぇ。
今まで人のことを振り回して…。たくっ。
でも、どんだけ鈍感でも、ここまでされて何も気づかないほど、鈍いつもりじゃない。
てか、このシチュダメだろ。これで萌えない奴は童貞じゃねーよ。
「…ズルイな。」
「…。」
お互いに、なんて言葉をかければいいのか判らないまま、時間だけが過ぎてく。
「…取り敢えず、戻ろう。ここ寒すぎる。」
ちょっと逃げた。柄にもないシチュエーションと寒さに。
冬の空は青く澄み切り、それに見合った寒さで彼らの手足は冷え切ってしまっている。
(…東雲が、俺を…。)
「これ、助かったわ」
「あぁ、」
そう言って差し出してきたのは、俺が渡した学ラン。内側には温もりが残っており、なんとも言えない感情が…。って、変態か俺は!?
お互い、気恥ずかしさからか動揺を悟られまいと声色を変えず、表情を変えず、顔が見れない。
とっとと立ち上がり、梯子に手をかけようとしたその時。
「よっと。…?」
唐突な立ち眩み。別に立ち眩み自体は珍しくもない。だが、その後が何かおかしかった。
フラフラと数歩よろめき、誰かに手を引かれるように導かれ、そのまま、屋上の上からーー。
「あ」
落ちる瞬間、東雲の悲鳴が聞こえた気がした。
目の前は真っ暗で、謎の浮遊感を体感しながら、ーー俺は、意識を手放す。