第19話 世間知らず
投稿し忘れてました(汗)
なんとなく埃っぽく、布団からはクシャミを誘発するようなむず痒さを感じながら、目がさめる。
(…んー。)
久々の睡眠で、溜まりに溜まった疲労が少しマシになった。けれど、まだまだ眠気と疲労が色濃く残っているコンディション。
体は惰眠を貪ろうとベットから離れられないのだが、五感が少し冴えてくる。
(ねみぃ…。)
程よく冷たい気温が後押しするように、布団が俺を離してくれない。
この手の宿で泊まると思うのだが、個人的に掛け布団より毛布の方が好きなわけで、なぜに毛布が常備されていないのかが疑問だ。
(んん?足が…。)
伸ばしきっていた足を胸の位置まで持っていき、丸まってしまう。寝相のせいで布団がズレたようで、ぶっちゃけ寒い。
しかも、下半身は上半身より血の巡りが劣るから、更に寒い。
(ふぅ。)
どうもいい感じで落ち着いてしまい、起きたばかりだというのに、睡魔に襲われてしまう。
(…。)
段々と、少しずつ、意識が…、遠く…。
『…あーあ。』
夢か現実か分からない中、聞いたことのある声を最後に、眠りに落ちてしまった。
『また縛りが濃くなってやがる。』
今までボーッと斧の呪いを少しずつ取り込みながら、過ごしていたけど。前回表に出た時より動きに制限がかけられたことに気づく。
『身動き一つ取れやしねぇ。』
面白くないと言った感じで、あるがままを受け止める。
『人の枠から頭一つ出てても、コレはなぁ』
たかが十何年生きてるだけの若造が、他人に脅かされることのない精神力を得ているなんて不自然だ。
人の心とは、変質しやすく、何にでも染まりやすいはず。
若く、まだ成熟しきっていない心などに、強靭な精神力があるわけがない。
『それに、人の死体を見ただけで俺に体譲っちまう様な脆弱さだ。』
矛盾点、疑問点、それらが導き出す選択肢は、そう多くない。
『…かと言って、流石に俺にはなんも見えないからどうしようもねぇな。』
仮説は幾つか立った。けど、それをどうにかする術は、今のところ皆無なわけで…。
『暇。』
結果として何もできないということは、このままおとなしくしているしかないということか…。
闇の中、より一層粘度が増している沼に囚われている。
あの夜から斧の不純物を徐々に取り込んでいるわけだが、どうやら取り込めるだけで、扱う権限も奪われているらしい。
『せめて娯楽でもありゃあなぁ。』
ピチョンっと液体の落ちる音が木霊する。
暗い空、適度に冷たい水温。それ以上に何もない空間だ。
『…俺も寝るか』
その一言を境に、声は消えて無くなった。
ーーーー結局、何時間寝たのだろう…。
時計がない部屋で時計を探しながら、寝すぎてボケてる頭を支える。
「ふぁーぁぁあぁぁ…。」
でかい欠伸を途切れ途切れに何度もしながら、ベットに腰掛ける。
(飲むもん…。)
未だ完全にはハッキリとしない意識のまま、テーブルに乗っている水差しをグラスに注ぎ、乾いた口の中を潤そうと口をつける。
「ふぅ、」
…やる気が起きない。
いや、訂正しよう。何をしたらいいのかが分からない。
昨夜、本来なら王都まで山越えしなきゃならないところを、ショートカットして夜中に近くの街へ到着したわけだ。
金の入った袋に黙祷を捧げ、それっぽい宿を探し出す。
高いのか安いのかは油断のつかない値段で即決して今に至る。
部屋で横になると、溜まった疲労が後押しするようにすぐ睡魔に襲われ、何も食べずに眠ってしまった。
宿を探し出す、そこまでは良い。
けど、次に何したらいいのか決まっていない。
貴族っぽい彼が言っていたギルドを探す、あるか分からないが学校を探す、求人募集を探す。
一つ目の選択肢は割と王道だろう。俺のイメージ通りなら、いろいろな仕事を紹介してくれるはず。
二つ目は…、金の問題で厳しいだろう。入学金とか高そうだし…。
三つ目、割と現実的な案だと思う。バイト生活と行けば、一先ず飢えることはなさそうだし。
が、なんにしてもだ。
「外に出るか。」
全くもって世情に疎い。それは都会では致命的だろう。
ドラマとかでしか見たことないけど、田舎娘が都会に来て苦労するなんてストーリーはザラにある。
憧れの東京とか言うけど、都民からしたらそんなに良い場所でもなくね?とか思うけど。
人混みとか渋滞とか気温とか。
まぁ、それは置いといて。
「少し出るので、鍵をお願いします。」
「あいよ。」
受付のおばちゃんに鍵を預け、扉に手をかける。
「っと、」
すると、勢いよく扉が内側に開き、咄嗟に腕を引っ込める。
「あ、スミマセ〜ン!」
そこから現れた両手で大量の野菜を抱えた少女は、ヨロヨロと危なっかしく受付まで進んでーーー。
コケた。
ええ、それはもう盛大に。
「わわ、きゃっー!」
俺はというと、少年漫画みたいに支えたり抱きとめたりすることなど出来ず、ただ転ぶ瞬間を捉えただけだった。
「ちょ、君大丈夫?!」
すぐさま少女に駆け寄り、膝を折って覗き込む。
「あー、はい。スミマセン〜。」
…なんだろうこの娘。
俺のオタク的感覚が、ドジ萌え系の人種だと訴えかけてくる。
「まーた大丈夫かい?一度に運ばなくていいって言ってるじゃないか。」
え、おばちゃん。これ日常茶飯事な光景なの???
やっぱりドジ萌え…。
なんて失礼な思考はさておき…。
「うぅー、スミマセン…。」
少女は申し訳なさそうな顔で、いそいそと野菜を拾い始めた。
まぁ当然、静観しているのも罪悪感が湧くわけで…。
「よっと」
適当に拾った野菜を丁度良い紙袋で包み、受付のカウンターに置く。
「あら、お客さんありがと。あの娘いつもそそっかしくて…。」
「いえ。」
コロコロと転がってきたジャガイモを拾い上げながら少女に目を向ける。
木製のカゴにまた野菜を立て積みにしている姿は、なんと微笑ましいのだろうか。
大根やら人参やらをパズルのように組み立てていき、また俺が拾った分を差し引いた山を一人で持ち上げようとしている。
「手伝うよ。」
そう一言だけ言って、野菜の山をカウンターまで運ぶ。
女の子1人が持つにはとてもじゃないが無理だろう重量が両手にかかり、軽い驚きが生じる。
あ、あ、っと困惑した様子で棒立ちになっているが、小声で「ありがとうございます…」と言っているだけ、礼儀正しい娘なんだと思う。
「んっしょ、…それで、この野菜達はどこに置くの?」
振り返って、未だオドオドと困惑している少女に問いかける。
手を出したからには最後まで。それがなんちゃって博愛主義者の生き方よ。
まっ、優しさを無差別に振りまいてイケメンを気取りたいだけでもあるが。
「いえ、あの、自分で運びますから、お気遣いなく…。」
なんか段々と泣き出しそうな声音に変わっていくのはなぜだろう。別にとって食いやしないよ?
「えーと…。そ、そう?」
なんて声をかけたらいいのか分からず、そのまま引き下がってしまった。
か細いお礼の言葉を確かに聞きながら、気をとりなおして外へ出る。
すでに日は高く、傾き加減から昼過ぎだと推測できる。
街の表通りに面して建っている家々は、どこか見覚えがありそうでないファンタジー世界お決まりの外観だった。
御大層に街の四方は高い壁で囲まれ、門の前には御丁寧に衛兵さんまでいらっしゃった時は、どう入ろうかと一瞬悩んだもんだ。
明らかに素性の不確かな輩を中に入れてくれそうな雰囲気はなく、先行く団体さん達はカードのような物を見せて門をパスしていた。
つまり、許可証か何かが必要なわけで…。
駄目元でラム村長から貰っていた仮身分証明書を見せたら、通してくれた。
但し、10日以内に正式な手続きを踏まなければ、密入国とやらで逮捕されるそうだ。
なんとも世知辛い…。海に囲まれた国で育ったからか、国の境というのにどうも疎い。
地続きで行ける土地なのだから、感覚で言えば千葉から東京に行くようなものと違わないのではなかろうか?
そんなことない?そっか。
「さて…。」
取り敢えずぶらつこう。
表通りに足を向け、人気の少ない道を行く。
俺が泊まったのは、表に大々的に看板をぶら下げている宿屋とは違い、裏にひっそりと構えている寂れた場所だった。
夜中に灯りがついていたから入っただけで、今思えば飛び込みでよく受け入れてくれたなと思う。
(ん?)
ガラガラと何か荷台でも引いているような、車とは違う何かが走っているような音がする。
ついでに言うと馬やら牛とは違う、重量感のある何かな感じもする。
正体不明なその正体とは…。
小走りで曲がり角を左に曲がり、大通りの方へ顔を出すとそこには。
丁度目の前を土気色の巨体が走り抜ける姿が見えた。
「アレって…。」
今までに見たことないような四足歩行の生物。
路地から顔を出し、門へと向かうそれに目が離せない。
「まさか…、竜とかか?」
馬車、牛車。まぁこれらは見慣れたわけではないが、見たこと無いわけでもない。
しかし、先ほどのアレはそんな生易しい生き物ではない気がしてならないほど、デカく、力強かった。
そんな生き物と言えば竜。ファンタジー世界で絶対に外すことのできない存在だ。
思えば、竜車とかマイナーだけど無いわけじゃないだろうし。
なんならデカイヒヨコが人を運んでくれる作品だってある。
「たくっ、またこんな狭い道通りやがるとか、貴族の野郎は何考えてやがんだ!」
「ん?」
突然の声に意識がそちらへ持っていかれる。
誰に言うまでもなく、その場で過ぎ去ったアレに文句を垂れる人物がいた。
「まーた見せつけの類だろ。ほんっと嫌な奴らだよ。」
便乗したのは少し痩せこけた黒に近い茶髪の男。
「何が平等だコンチクショウっ!あいつのせいでこちとらロクに客が寄りつかねぇ!!」
「言っても仕方ないだろ。お上は庶民の暮らしに興味がないんだ。」
それ以上の盗み聞きを続けることはなく、ただ車が通った道を沿って歩く。
そこそこの通りだというのに人気は少なく、どこか古めかしくて、寂しい印象を受ける。
(…人少ないな)
仮にも王都とか呼ばれる都市国家だろうに、なぜだ。
そもそも王都とか思ってたけどここ違ったりして…。
(まいいか。)
両手をポケットに突っ込み、辺りを観察する。
窓辺に植木鉢のある家、何売ってんのか分からない露天、あちこち縫い直してある服を着た女性、元気のない子供、カラスに近い感じの黒い小鳥、後ろから近づいてくる馬車の音、ガラス張りの店。
「俺どこ向かってんだろ…。」
結論、不明。
マジどこ向かってんのか分からん。
看板とかも無く、道路標識やら歩道を示す白線や電線も無い。
(迷ってるな…これ。)
ただひたすら一本道を進んでいるわけだが、無駄に曲がりくねっていて先が見えない。
時たま人とすれ違い、無意識に観察をしてしまう。
あの人の髪は何色だ。顔の堀はどうだ。耳の形がなんだ。目の色がああだ。
ホントに多彩なカラーリングで「染めてんのか?」と思ってしまうほどだ。
(そういや、都会に赤とか緑は少しいたっけ。)
割と茶や黒の髪は多いのは多いのだが、見た感じ2割くらいの人間が赤やら緑やら紫の髪色だったりする。
これも確かにファンタジーのお決まりではあるけれど…。
(意外に現実で目の当たりにすると、違和感がすごいな。)
ラムさんの村は茶髪の割合が多かったけど…。
(赤髪とか、そういやムーアもーーー。)
無意識にそう思って、少し胃の底が冷たくなる。
途端に歩く速度が緩やかになり、顔も顰める。
思い出さないように、考えないように、そうしていたにも関わらず、あの日の記憶がチラついてくる。
同時に、芋づる式に色々出てくる理不尽な記憶。
何を間違えたのかすら分からないまま、漸く落ち着けた環境を手放さなければならなかった。
(…あーダメだ、)
そう思っても、止まらない。
川の水門を開けたように、ダムが放水を始めたように、記憶は次々と引っ張り出される。
グルグルと頭に靄が絡まりながら、次第に歩く速度が速くなる。
向かいから歩いてくる人とぶつかりそうにもなるが、歩みを止めない。
あの日以来、殆どゲートから物を出していない。
何か強そうな槍も、禍々しい斧も、入れたままの木の棒も。
蒼玉に至っては使おうとも思わない。
何か、楽観的な部分が否定されて、現実に追いつけてない自分がいる…んだろうな。
何一つ自分で手に入れた物は無く、物事は勝手に進むし、答えなんてどっこにもない。
そもそも、俺の最終目標ってなんなんだよ。
元の世界に帰ること?帰れんの?帰っても大丈夫なの?浦島太郎みたいなオチとか用意されてない?向こうじゃ俺の扱いどうなってんの?行方不明?それとも本当は転落死して一回死んでるとか?まさかみんなの記憶から消えてるなんて無いよな?戻っても誰も覚えてないなんて洒落にもなんないよ?体もどうなるんだ?向こうでも魔法って使えるのか?バレたらモルモットとか?ヤダよそんなの。化物扱いなんてされたくねーよ。普通の生活に戻りたいよ。なんで俺ばっかこんな目に会わなきゃなんねーんだよ。不公平だろうよ。
「泣き事言っても仕方ないか…。」
愚痴りたい。叫びたい。誰かに八つ当たりしたい。俺だって不満ばっかだ。
ゴブリンみたいな怪物ならともかく、なんで人の死体を見なきゃなんねーんだよ。
理不尽だよ。ルール説明しろよ。もっと分かりやすくしろよ。
堰を切ったように止まらない。止まらないまま、どこかに着いた。
少し大きめな酒場みたいな場所と、もう一つ何か。
六角形の看板には鳥の羽みたいなマークが刻まれ、ガラス越しに受付の小窓が5つある。
その店の周りには、店先に西洋風な甲冑を置いていたり、壺の中に古ぼけた剣や槍が無造作に突っ込んである、いかにもな店が多かった。
まぁ、ここまでそれっぽい感じだと、やっぱり思い当たるのは一つしか無く…。
(ここ、ギルドか?)
答えなんて誰かが言ってくれるわけもなく、自分で確かめる他ないわけだが。
勢い任せに入って受付まで真っ直ぐ進む。
なんか言い争ってる青年や、ビクビクとしてる小柄な…少年?くらいしか客側にはいないみたいで、待つ必要もなさそうだ。
ざっと見ればほぼ人間が受付には座っているのだが、1人だけメイみたいな獣人が目立たない端にいた。
特にその事に何も思わず、寧ろ好奇心が先行して、狐耳のおねえさんのとこに決める。
「あの、すみません。」
ピクっと耳が微かに動き、書類と向き合っていた顔を上げる。
「こんにちは。ご用件はなんでしょうか?」
「えーと…、ここってギルドで合ってますか?」
まず確認から入る。間違ってたらやだし。
「はい。こちらへは初めてでしょうかか?」
「えぇ、あの、ギルド自体初めてなんでシステムとか教えてもらってもいいですか?」
恥ずかしながら、ラノベ知識しかないもので。
「そうでしたか。では簡潔にご説明いたします。私ども、個人から大手のご依頼をランク付けさせていただき、会員の方にご紹介するのが主なシステムでございます。会員の方々にもお仕事の達成経験を元に相応のランクが付与されまして、上位のご依頼が受けられるようになります。」
「なるほど。」
「それと会員に成り立ての方は、一部の方を除き初期のEランクから始まりますのでご了承ください。」
割と持ち得る知識のまんまな説明に、内心喜びつつ、彼女から極力目を離さない。
美人すぎて気を抜くとすぐ目を逸らしちゃいそうだ。
「分かりました。」
「ちなみに、個人で討伐されたモンスターの素材の買取もしておりますので、ご贔屓にしてるお店がなければお気軽にご利用ください。」
フムフム。
「それも会員になる必要が?」
「はい。基本的な事は以上です。会員になる場合、1ゴールドと身分証明書が必要になります。」
「…へ、身分証明書?」
も、持ってないんですけど?!
「お持ちではありませんか?でしたら仮登録した後日にお持ち頂ければ本登録になりますので、お先に仮登録をいたしますが?」
「あ…、じゃあそれで。」
「承りました。では、こちらの紙に必要な項目をご記入の上、血判をお願いいたします。」
出された用紙にざっと目を通しつつ、ペンが無いことに気づく。
「あ、どうも。」
しかし、すぐさま少し太いボールペン?を手渡され、用紙と向き合う。
大まかな個人情報を記入しつつ…、あ、生年月日っていつだ?
(そーいや、確かラムさんから)
ゲートをゴソゴソと探り、目当てのものを探す。
しかし、思うように見つからず、寧ろ槍の刃の部分に軽く触ってしまい、薄く指を切ってしまう始末。
(…帰ったら整理しよう。)
やっとの事で目当ての封筒を探し出し、封を切る。
そこに書かれていた個人情報(仮?偽?)を書き写し、マークシートにチェックを入れ、一通り書き終える。
現住所を書く欄を見た時は焦ったが、必須ではなかったので一安心。
人差し指から流れる血を親指に押し付け、印のマークがあるとこに指を押す。
「じゃあお願いします。」
差し出した書類の隅々を見渡し、チェックが入る。
「…はい、問題ありません。これで次回、身分証明書をお持ち頂ければ本証明を発行いたします。」
「分かりました。それで…その身分証明書はどこで作って貰えるんですか?」
割とスッと、なんでもないことのように聞いたのだが。
「…失礼ですが、外部からお越しの方でしょうか?」
少し目を細められ、声音が低くなる。
(なんだ?)
「え、ええ。」
何やら神妙な顔つきで聞いてくる。が、特に何か言われることもなく。
「そうでしたか。でしたら、ここからすぐ近くの国旗が立っている建物に向かってください。」
ご丁寧に道を教えてくれた。
「国旗ですか。」
「はい。目立つのですぐに分かるかと。」
「そう、ですか。ありがとうございます。」
微々たる変化だったのだろうが、おそらく警戒されたのか、途中からあまり気持ちのいい雰囲気をまとっていなかった。
しかし、それを指摘するわけにもいかず、ただ俺は外に出て頭を悩ますことしかできないのであった。