第16話 心の麻痺
人や馬、馬車の車輪の跡が刻まれている道を、ただ無心で走る。
手荷物なんてかさばる物は全てゲートにしまい込み、少し厚めの外套を着ている。
この2日、魔法という俺にとって規格外のチートを封印し、己の身体能力だけで過ごしてみた。
左右に草木の緑、真正面は土の薄茶色、空は青と雲の白。
途中、気でも狂ったのかモンスターと遭遇する辺りも通ったが、その全てを地力でねじ伏せた。
加えて走っても走っても疲れない体。
いつもは魔法の負荷で体力の消耗が激しいみたいだが、何もしなければ2日も筋肉痛無しで走り続けることができるみたいだ。
…だから、ほぼ不休で走り続けた。
どうしても頭によぎる記憶から、顔見知りの人たちの前から、俺を信じてくれた最初の仲間の前から、逃げ出すように。
「キッキーッ!」
突然目の前に、体毛が黄色く丸っこい形の猿擬きが現れた。
が、それでも足を止めることはせず、ただただ殴り飛ばして走り続ける。
「ギッ?!キィーーー」
悲痛な鳴き声が聞こえつつ、また分かれ道に遭遇する。
一旦足を止め、看板を見る。
「…湖?」
王都へは少し寄り道になってしまうが、このすぐ近くに湖があるみたいだ。
「…。」
そういえば、体を洗ったのはいつだったか…。
こんな時でもそんな思考くらいはできた。
泥が固まってズボンは汚れ、俺自身も少し疲れている。
(休むには持ってこい…だな。)
自然と、足は左の王都への道ではなく湖のある右へ向いて歩き出していた。
ーーーーー。
そんなに時間はかからず、湖に到着できた。
どうやらちょっとした観光スポットらしく、チラホラと人もいる。
レストランもあるようで、この2日ロクに何も食べていなかった体は盛大に腹の虫を騒がせている。
「…そーいや飯食ってなかったっけ…。」
陽は丁度真上にあった。
「いらっしゃーい。お1人ー?」
ログハウスっぽい建物に入ったら、まず軽い衝撃を受けた。
店員が可愛いだとか、店の雰囲気がいいなとか、美味そうな匂いがするなとかじゃない。
「…猫耳だ、」
ボソッと口に出てしまった。
そう、目の前にいるのは紛れもなく思春期オタク男子が一度は渇望する二次元の創作物。
つまり(可愛い)猫耳っ娘だ!
…え、夢?この世界って人以外の人種いるの?
なんて一瞬で思考を終わらせながら、あまり不自然じゃないように「えぇ」とだけ答えて席に案内してもらった。
なに、付け耳じゃないかだって?いやないだろ。見ただけでもリアルな質感、揺れ動くしっぽ。これが作り物だとしたら相当な技術力だ。
顔の毛並みとかリアル過ぎる…。
「お客様ー?そんなに見つめられると照れちゃいますよぉ?」
しげしげと物珍しさに見入ってしまったのがバレ、軽く笑顔で指摘されてしまう。
この馬鹿っぽい返しは素なのだろうか?
「あ、スミマセン…。」
フイッと視線を逸らしメニューに手を伸ばす。
すると、何やらただならぬ殺気…というか視線を感じる。
ぶるっと悪寒が走りバッと殺気のする方を見てみると…。
黒い紫色のオーラが見えてきそうな雰囲気で、とても、とても厳つい眼光で睨んでくる、垂れた犬耳男がいる。
その眼が言っている。「コロスぞ」と。
そのままゆっくりとメニューに向き直り、ひたすら文字を追う。
アレはヤバイ。あの猫耳娘はあの人の奥さんか娘パターン。そして、「俺の嫁に色目使いやがったなぁ!」とかで殴り飛ばしてくるタイプだ。
俺より一回りほど体がデカく、手には人の首なんて簡単に切り離せそうなデカイ包丁を握りしめている。
背中に変な汗をかきながら平常心を心がける。
(大丈夫大丈夫大丈夫。まだ何もしてないただの客。イチャモンつけられるはずない!)
と、それはそれとして、メニューの文字に意外なワードが見つかる。
あまりにも自然にメニューの一部に書かれていたので、思わずスルーするところだった。
「…スミマセーン。」
「はーい、お決まりですか〜?」
ピコピコと耳を動かしながらパタパタと近づいてくる。
「この、かつサンドを1つ。後、サラダも。」
メニューを指差しながら、文字通りのメニューか半信半疑のかつサンドを注文する。
「かつサンドにセットサラダですねぇー。ありがとうございまーす。お会計1.6シラバーでーす。」
ゴソゴソとポケットに入れた財布を探る。
(アレ…。)
しかし、そこにあるはずの物は忽然と姿を消したように無い。
他に思い当たる場所を探してみるが、それらしき感触が全く得られない。
「お客様ー?どうかしましたか?」
なにやら挙動不審な客に対し、多少の不信感を抱き始めた店員。
「あ、…えと、スミマセン、やっぱ今の無し「はいお待ち」
ドンッ!と勢いよく卓に置かれたのは、平らな皿にボリューム満点のサンドイッチ。
「…え?」
「サラダは後で持ってくる」
垂れ耳の男はズンズンと厨房に戻っていき、俺の退路を塞いでくれた…。
猫耳店員さんも彼の行動に驚いているみたいだが、やれやれ…といった風で「ごゆっくりどーぞー」と言って下がっていった。
(…え、え、え、食っていいの?)
キョロキョロと周りを見回しながら皿の上のサンドイッチに焦点を当てるが、答えは無い。
店員さんも下がっちゃったし…。
グキュルルる〜。
腹の虫はさっきからGOサインを出しっぱなしだ。
(…ええいままよ!)
空腹に耐えかねて3つあるうちの一つを手に取りかぶり付く。
(…美味い。)
完璧に見た目も味もかつサンド。パンとカツの間には、キャベツらしき野菜も千切りで挟んであり、ささやかに濃いめのソースも塗られている。
柔らかでしっかりとしているパンとサクサクと食感の良いカツに胃袋を掴まれながら、ガツガツと二口、三口と久々の味に感動を受けていた。
「サラダお待ち。」
ゴトッと今度は丁寧に置かれた。
そして、そのまま厨房には戻らず、椅子を引いて座り込んだ。
「…?あの」
「にいちゃん。」
ユラッとなにか蠢いた気がする。背中におかしな汗をかきながら、犬耳の男の言葉を待つ。
「…金がねぇんだよな?」
ドキッ、そんな核心を突く一言と彼の容貌に肝を冷やされ続けている。
「…はい。」
嘘をついても殺されそうなので、素直に答える。
鋭い眼光に完全に気圧され、煮るなり焼くなりしてください状態だ。
「…なら、食った後厨房に来な。」
返事をする間も無く立ち上がり、そのままドシドシと厨房に戻っていってしまった。
冷静になってみれば、今俺がしてる行為は無銭飲食。警察とかいう概念があるのか知らないが、どう転んでもタダで済むはずもない…。
(…いやいや、殺されるわけじゃあるまい…。)
それも希望的観測でしかない。というか、あの眼はヤバイ。歴戦の戦士の眼だよアレ。
引退して飯屋やってるけど、実力はまだ半端ないとかのパターンだよ。
そんなこと考えている間も、ガツガツと2個目3個目と胃袋にしまい、サラダも勢いよく平らげていた。
食器をまとめて立ち上がり、恐る恐る厨房へと足を進める。
「あ、あのー。」
パサッと新聞みたいな記事を片手で持ち、もう一方では湯のみで茶をすすっている。
「来たか。」
渋い声が風貌と相まって、それだけで相手を威圧してくれる。
「は、はい!ごちそうさまでした!とても美味しかったです!」
思わず土下座でもせんばかりの勢いで腰を下り、頭を下げる。
「そうか…、」
その視線は俺に向いておらず、どこか空を見つめている。
「それはな、亡き友が残したメニューなんだ。」
…へ?
「お前さん、名はなんて言う?」
「俺は…、クロキと言います。その、…貴方は?」
なおも空を見つめながら会話を続ける。
「俺はダンだ。あっちはメイ、俺の妹だ。」
中々本題に入れず、どう切り返したらいいのか分からない。
あと下手なこと言えない…。
「ここらじゃアレの売り上げは悪くてな。お前さんが今日初めての客だったんだ。なのに帰っちまいそうだったから、…ついな。俺が昼飯で用意しといたのを出したわけだ。」
あの距離で注文が聞こえてるという驚きは置いといて、一瞬の内に料理が出てきたのはそうゆうことだったのか。
「…最初見たときは、反獣人思想の奴かと思ったがな。ガっハハハ。」
軽いジョークでも言うように笑っている。
「反獣人思想?」
「ん?知らねーのか?俺らみたいなハーフを嫌う奴のことだ。」
…あぁ、昔のアメリカみたいな差別のことか?
「なるほど…、えーと、俺、田舎者で、その手の人に会ったことが…。」
あの村にだって人間しかいなかったし。
「そうか…。まっ、俺の勝手な感傷だ。だから金はいらねぇ。」
…え、ちょ。
「でも、」
「どの道、金がねーんだろ?」
痛いところを突かれてしまい、何も言えなくなってしまった。
(その通りだけど…。)
「ーーっ、ならその分働かせてくださいっ!接客は…素人ですけど、力仕事なら役立ちますから!」
思わず大声で言ってしまい、彼も呆気にとられている。
「働くっつってもなぁ…。」
チラッと客席の方を見るが、ガラガラだ。
「…なら、ツケってのはどうだ?」
…ツケ?
頭に疑問符を浮かべながらも、ダンは続ける。
「次きた時払ってくれりゃあいい。それまで夏の間はここで待ってるからよ。」
チラチラとこちらの様子を伺う妹さんを横目に、有難い申し出だと思った。
だけど…。
「いいん、ですか?」
それだと食い逃げされても行方が分からないというリスクが生じる。
信頼できるのが前提という約束だ、
「なーに、お前さんなら逃げんだろ。現にタダだっつーのに、頑固に払うってんだ。」
ニカッと先ほどまでの厳つい表情とは打って変わって、とても優しく明るい笑顔だ。
「その…、ありがとう、ございます。」
今度は軽い会釈程度に頭を下げ、感謝の念を込める。
「ふー、やっと終わった〜。」
すると、横から傍観を決め込んでいた猫耳っ娘もといメイさん。
「ゴメンね〜お客さん。というかクロキくん?お兄ちゃんって顔怖いから勘違いされるけど、根は優しいから。」
優しいというより甘いのではないか?と思ったが、口には出さず苦笑いでごまかす。
「誰の顔が怖いだ、コラ。」
貴方ですよ、なんて茶化したいが、流石にそんなことできず、曖昧な笑顔しか浮かべられなかった。
「自覚がないのがタチ悪いのよね〜。」
最初の印象とは全く変わり、中々に面白い兄妹と少し談笑しつつ、再度礼を言い、湖に体を洗いに行った。
メイさん曰く、ここは夏になるとキャンプをする客が来るらしく、海が遠い王都の人が水泳を目当てに遊びに来ることもあるそうだ。
「ん、ッ。」
人気の少ない湖の、かなり冷たい水温に負けそうになりつつも、手持ちのタオルで全身の汗を拭う。
「今時徒歩で旅ってのも珍しいねー。」
なんの音もせず後ろにいたのは、メイさんだった。
…てか、女の子が堂々と半裸の男に近づくのって問題無いですか?
「…お店の方は良いんですか?」
いつからそこにいたのかは分からないが、チャプチャプと足首までを水に浸し、すぐ隣まで近づいてくる。
「君も見たでしょ?今ガラガラだし。それと敬語じゃなくていいよー。」
片足を振り上げて遠くに水を飛ばし遊んでいる。
「…そっか。んじゃ遠慮なく。…男の裸見てて楽しいか?」
未だあちこちと濡れタオルで汗を拭っているわけだが、恥じらう素振りとか全く見せない。
いや、いいけどさこっちが少し気恥ずかしいんだよ。
「んー?私的には役得!って感じかなー。やっぱ鍛えてる体とか萌えるじゃない?」
あぁ、筋肉フェチの人でしたか。ちなみにこの筋肉は鍛えた記憶ないんで、今のとこ神様かなんかの恩恵という解釈なんだが…。
「そーですか。」
(どこの世界でも萌えってあるんだなぁ)
脛の辺りを拭きながら、シミジミと元の世界を思い出す。
(実はもやしっ子だったなんて信じらんねーよな…。)
「しかし、女の子にズバッとそんなこと言うなんて…、実はクロキくん、女子が苦手なタイプだな?」
「…どーだろーな。自分じゃ分かんない。」
事務的用事以外でクラスの女子と話すことなかったし。
「ついでに友達も少なかったとみたね!」
的確な推理、改め予想ありがとうございます、その通りだよ。
「いいんだよ、信用と信頼が出来る奴がいれば、それで。」
クラスの打ち上げとか苦手だったし。
「へぇー、そういう人かー。…ねぇねぇ、そういえばクロキくんってどこから来たの?」
…ピタッと動きが止まる。
その言葉から、先日の村がよぎることは、そう難しくはなかった。
「ーーーー、あ、ああ。海の…方から。」
頭によぎる記憶。生まれて初めて受けた多くの悲しみ、怒り、殺意。
それらに対して思わずブルッと震えてしまった。
「どしたの?」
言い淀んだことと唐突な震えに疑問を持ったのか、心配の雰囲気が混じった声をかけてくれる。
「…いや、少し冷えた。」
炎に紛れて折り重なった山。その中に、見知った顔もあった気がする。
「悪いけど、ちょっとだけ一人にしてくれ。」
やり場のない思いが心を締め付け、体の力を奪う。
「…うん、じゃぁまたね。」
何か察してくれたのか、スゴスゴと引き下がり、1人になる。
岸に腰を下ろしタオルを置く。
(…下、洗うか。)
少し大きめの桶を作り、水を汲んで木陰へと向かう。
ちゃっちゃと頭と下半身を手早く洗い、服を着た。
シャンプーや石鹸が無いから、体の脂が落ち切った気がしないが仕方ない。
中途半端に髪を乾かし、多少の癖が残ったまま店に戻る。
「いらっしゃ…。おぉ、上がったんだー?ふむふむ。」
テーブルを布巾で拭いていたメイが振り返り、近づいてくる。
「ちょ…なんだよ。」
胸の辺りまで顔を近づけてきて、何やらスンスンッと匂いを嗅いでいる。
「んー?綺麗になったんだなあーって確認。こんな可愛い子に匂いを嗅がれてるんだからありがたく思うのだー。」
(なんだよその理屈…。)
まぁ、自分で言うなとは思うが、可愛いのは事実だから仕方ない。
「…いや、分かったからそろそろ離れてくれないか?」
ダンさんに殺されそうだよ…。さっきも殺気を当てられたばっかだし…。
「えー、クロキくんの匂い意外に落ち着くからやだ。」
抱きつきこそしてこないが、もう胸に顔を埋めてきそうなくらいの距離感でそんなことを言ってくれちゃう。
無論、俺にそんな免疫あるわけないので…。
「はいはい。」
と、肩を押して引き剥がす。
「えー。」
理性とか羞恥心とかが持たないので、厨房に逃げる。
あれ以上なんかされたら落とされちゃうしな。俺が。
「メイのやつも珍しいな。」
…はい?なんの話?
「あれ…見てたんですか?」
特に変わらぬ態度で話しかけてくる姿は、来店した時の殺気に疑問を持つほど意外だった。
「そりゃ人いねーし、バッチリな。」
あぁ、そうでしたね。
店内には1組のお客がいるだけで、ガラガラだった。
「…そういうのって普通、嫌なんじゃないんですか?」
おずおずと言いにくそうに聞いたが、帰ってきたのは実にあっけらかんとした答えだった。
「別に?シスコンでもねーしな。嫁に出るなら喜んで出してやるよ。」
ガッハハ、と軽く笑い飛ばし、冗談とは思えないような態度だった。冗談に聞こえなくもないけど。
(…まぁ、害がなきゃ誰にでもフレンドリーってことか。)
「いや、今日会った奴に言うことでもないでしょ…。あんだけ可愛いなら、引く手数多でしょうに。」
男になれてる感じとか、彼氏の1人2人はいてもおかしくない人種だ。
「…お前さん、本当になんも知らねーんだな?」
軽い意外感をあらわにしつつ、自慢混じりの説明がされる。
「確かにあんだけ可愛いのは希少価値がつくだろうが…、純粋な人間がハーフを求めるなんざ稀だぞ?俺たちゃ、ただでさえ数が少ないんだ。」
半ば呆れたような声は、どこか挫折や後悔が混じっているように聞こえたのだが、気のせいだろうか?
「そういう、もんですか。」
正直よく分からん。可愛いは正義を信じているからこそ、しっくりこないのだ。
いやだってさ、みんな猫耳っ娘がいたらモフりたい衝動に駆られない?ちがうの?俺は駆られたよ?
「あいつぁ、俺と違って人に近いからなぁ。いい旦那に貰ってもらいてぇんだよ。」
人に近い。それがどういう意味かは、俺に理解することができなかった。
「…。」
口調自体は特に何の意味もないような、普通のものだ。けど、その顔つきは真剣そのもので、本気で妹の幸せを願っているようだった。
「…そろそろ行きます。色々とありがとうございました。またすぐ来ますけど、お元気で。」
何の捻りもなく、簡潔に、シンプルに、また逃げ出すように。
「ん、おお。またな。次はもっと美味いモン食わせてやるよ。」
ペコッと軽くお辞儀をして、厨房から出る。
「えー、もう行っちゃうのー?」
またも男を勘違いさせるような言葉で人の事を惑わせてくれる。
ホント勘違いして惚れちゃうよ?
「また来るって(苦笑)そん時は、ついでに手土産も持ってくるよ。」
それを聞いた途端、耳はピコピコ、尻尾はピーンという擬音が似合いそうなぐらいの反応を示し、喜びを表現している。
「ホント?!やったぁー!期待してるからね!」
眩しいくらいの笑顔に内心ドギマギしつつ、顔に感情が出ないよう、中途半端な笑顔でいる。
「あぁ、それじゃ、またね。」
ーーーー。
予期せず十分な休息をとったところで、先ほどまでの分岐まで走る。
金が無いと分かった今、どこの村や町でもいいから資金を手に入れなければならない。
とにかく適当にどこかモンスターとエンカウント出来る場所で、あまり気は進まないが狩りをしなきゃならんな。
と思っていたら、何やら遠目で立ち往生している一団が見えてきた。
なんだ?事故…か?
ユックリと走る速度を緩め、勢いのまま数歩歩いて立ち止まる。
突出して一人が代表として立ち塞がっており、その奥に杖を握りしめた人たちが…。
「君は何者だ?」
チラチラと見すぎたのか、少し怖い顔で聞かれた。
ついでに、この問いになんて答えればいいの?
「俺は…、…旅をしてる者だ。それより、何か事故でも?」
出来るだけ不自然さを出さないように言ってみたが、逆に怪しく聞こえてるかもしれない…。
その代わりに堂々とした態度を心がけ、彼から目を離さないよう努める。
「…えぇ、実はそうなんです。不審な人物が近づいてるとのことで警戒してしまいました。」
本当に、本当に微動だが、左肩が動いた…気がした。気のせいか?
「不審なって…、まぁ、そうですね。通してもらってもいいですか?」
それよりも不審者扱いに内心苦笑しつつ、通行の許可をとってみた。
「はい勿論。」
馬車の横を歩いていると、なんとなく敵意が混じった視線を受けながら、彼の後ろについていく。
それを知ってか知らずか、彼はチラッとこちらを見て聞いてくる。
「ところで、差し支えなければどちらへ行かれる途中か聞いてもよろしいですか?」
あからさまな笑顔を向けられ、逆に不信感が募りつつも手短に答える。
「取り敢えず、王都に向かってる途中で。」
先ほどとは打って変わった口調に違和感を感じる。取り繕った笑顔でやり過ごそうとしてる感じがすごい。
「へぇ、奇遇ですね。我々も王都へ向かう途中なんですよ〜。ということはギルドに用事が?」
…ワットイズ、ギルド?いやいや、ここは話を合わせとこう。どうせ異世界でありがちなアレだろ。
一瞬の迷いが生じたが、すぐ立ち直り同調する。
「まぁそんな感じです。」
適当に流しつつ、前だけ向く。
なんか豪華な馬車が目の端に見えなくもないけど、視線は前に固定する。
「我々も事故さえ無ければ良かったんですけどね。」
微かに見えるのは、煌びやかな装飾を台無しにするような車体の傾き加減か…。
「では、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
素直に青い髪色の彼は、謝罪を口にし後腐れないように見送ってくれる。
「いえ、…では。」
そうしてそのまま立ち去ろうと思ったが、少し躊躇する。
「あの?」
歩き出さない俺を不思議に思ったのか、困惑した声だ。
多分、さっきのダンさんに感化されたかな…。
「…馬車が壊れてるんですか?」
後悔しない内に聞いた。
「え、えぇ。」
「直しましょうか?」
淀みなく、簡潔に提案してみた。
「出来るんですか?」
その返しは、少しの疑問と何かが含まれていた気もするが、軽く頷き。
「はい。少し失礼します。」
近くに赤毛の女性やら騎士風な方々が警戒心を隠しきれてない感じで見てくれている。
(…あー、車輪がダメになってるのか…。)
ペタッと前輪に手を置き、同化で形を正確に把握する。
(部品作るだけにしても、黒のままでいいのか?)
「あんま問題なさそーだけど。いや、茶色にするか。」
一瞬で黒く染め上げた前輪を元に戻し、数歩下がって集中する。
少し複雑な形だったから、余計な事に気を取られてると失敗しそうだ。
核があればまだ楽なのだが、ゼロからの作成だから、質量と細密さが要求される。
グニャグニャと粘土をこねるように大雑把な形を整え、次に細かい細工を再現していく。
年輪が無いという点を除けば、雰囲気に誤魔化されてほぼ同質の出来だと思う。
仕上げに永続化を丁寧に使用し、物質化させる。
「出来ました。」
前輪に立て掛けておき、軽い忠告も混ぜておくことにする。
いや、俺が使う分にはいいけど、今回は人様の為だし。
「じゃあ、今度こそ。あ、後で一応ちゃんとしたのに変えたほうがいいですよ。」
さほど驚いた感じがしないので、俺みたいな奴も普遍的にいるのかな?とか思いつつスタスタ歩く。
「ありがとうございます。」
黒に近い青髪の彼を抜いた辺りで、今度こそ走り出す。
今更だけど、魔法禁止のルールが有耶無耶になってるな?とか思いながら、仕方ないなと割り切って先を進む。
「やって…良かったよな?」
途中、横道に逸れて木々が生い茂る森の中に入る。
特に手入れがされていないこの辺りは、無造作に枝が突出し、気おつけないと無防備に晒してある肌が傷だらけになってしまう可能性が大いにありそうだ。
軽く皮膚を覆う程度に同化を使い、露出した部分を無くす。
「っし、行くか。」