第15話 少しの違和感
今回は王子編
馬車に揺られ退屈な時間を過ごすこと数時間。特にすることもなく、2人寂しく閉鎖的な空間に押し込められている。
「はぁ…。」
これなら単身で馬を走らせた方がまだ楽だと言うのに…。ご大層な身分がそれを許してはくれなかったのだった。
道中はモンスターに出くわしたところで、俺が戦える出番などなく、ただただ傍観してるしかできない。
というか、手を出そうとすれば、お堅い付き人共が厳しめの声で一斉に注意をしてくるに違いない。
全く、俺だって戦えるってのに。
…なんでこんな面倒な体裁を取らなきゃならないんだか…。馬車から顔を出して他国のパレードで手を振るお仕事とか一体誰が考えたんだ、すげーふざけてやがる。
あと2日はこんな感じで大人しくしてなきゃならないわけで、気も滅入る。
カリンは昨夜まで多忙だったらしく、今は眠っているので、俺一人が馬に乗ってるわけにもいかない。
王子が馬で従者が馬車とか、力関係逆転しちゃってるよ?とわかりきってる指摘をされるのも面倒だ。
かといって、暇だからとわざわざ起こしてまで話し相手にさせるのも酷というもの。
「はぁ…。」
結局、こうしてただジーッとしてるわけしかないのである。
せめて睡魔に襲われて眠れるなら良いのだが、どうも今日は寝すぎたのか、全くと言っていいほど眠くない。
窓の外の風景は絶えず木々だけを映し、特に問題らしい問題も起きない平和な道中となっている。
というか、ここら辺にさほど強いモンスターは皆無なので、でできたとしても魔法で一掃されるのがオチだ。
ただボーッと頬杖をついて窓の外を眺めながら、無理やりにでも暇な時間を消費する。
(アレ…。)
…そういや、ここら辺…。
チラッと道標の看板が見えたのだが、そこに書かれていた名所に少し懐かしさを感じる。
まだ、家族と離れ離れになる前。確か剣を持つようになる少し前だったかな。
みんなでそんなに有名じゃない湖に行ったっけ…。
『こっちこっち!早く来てよぉ!』
はしゃぐ子供の後をゆっくりついていく家族。
『あんまり急ぐと怪我するぞー?』
まだ年若い耳の尖った男性はやれやれといった感じで声をかける。
『ヘーキヘーキ!早くぅ!』
『元気だね〜アイツ。』
反対に俺は呑気に体力の温存に徹していた。下手にはしゃぐと早い段階で疲れきってしまうのを知ってるからだ。
『あら、アルスは行かないの?』
優しそうな声で問いかけてくれるのは、白いワンピースに藁を紡いで作られた帽子を身に付けている女性だ。
『俺は、これから泳ぎたいし、帰りの体力も残したいから。』
後先考えずガンガン進んでる奴とは違うんですよ(笑)
何か子供らしさが欠如している楽しみ方だとは思うが、それも今更のこと。
女性はあらあらと反応に困った顔をしている。
『でも、あとでちゃんとあの子の相手もしてあげるのよ?』
微笑みを浮かべながらどんどん先行してる2人に目を向ける。
『かぁさんは泳がないの?』
『母さんは、…そうねぇ、少し足を入れるだけ、かしらね。』
『そっか』
この辺りは実に長閑なものだ。森の深くまで行ってしまうとモンスターに出くわす危険はあるが、湖の辺りは実に静かで落ち着きのある場所なのである。
『おーいアルス!こっちに来てみろー』
唐突に父さんの呼ぶ声が聞こえる。
『なにー?』
そのまま母を残してタッタッタと駆けて行き、父のそばまであと一歩。
『どうしたの?』
ニカッと白い歯を見せて笑い、急に体を持ち上げられる。
『いいか?見てろよ!よっ、と』
『え!ちょ、お父さん!』
突然の浮遊感に困惑しつつ、急に肩車をされてしまった。
『どうだぁ!見えるか!』
何を?なんて疑問を口にする前に父の行為を理解する。
『うわ!スゲェ!光ってる!』
坂になっていてちょうど見えなかったが、あと数歩進んだだけでもこの景色は見えたことだろう。
左右は木々に囲まれてなんということはない普通の道。その奥には光の反射でキラキラと輝いている、子供の自分にとっては大きな湖が広がっている。
ただそれだけの事なのに、子供の自分はそれが魔法以上に神秘的な何かだと思ったものだ。
何やら自分もやってくれと騒いでる奴がいたけど、そんなことそっちのけで見入っていた。
『ほらアルス、交代だ、下ろすぞ。』
名残惜しかったけど、それも仕方ない。渋々だが、特等席を譲った記憶もある。
ガタンっ!
「おっと、」
大きく馬車が跳ね、少々驚いてしまった。
多分大きめの石でも踏んだんだろうな、程度にしか思わなかったが、思い出に耽っていた自分を現実に引き戻すには十分な威力であった。
「お、おはようございます。アルス様。」
「おはよ、カリン。」
ついでに今のでカリンも起きてしまったらしい。
「申し訳ありません、私だけ眠ってしまい…。」
本当にすまなさそうに頭を下げるカリン。
「いや疲れてるんだろう?どうせ、することもないんだ。好きにしてていいよ。」
「しかし…。」
まーた始まった。こっちは気にしてないってのに…。しゃーない。
「それじゃ、後で少し我儘を聞いてもらうから、それでいいだろ?」
と言っても、特に酷な命令なんてしないし、するつもりもない。
「アルス様がそう仰るのでしたら…」
うんうん。聞き分けが良くて助かる。
「魔装とのリンクもまだ完全じゃないんだし、そもそもホントに暇だから気に病むことなんて一つもないよ。」
寧ろ、よく尽くしてくれてる。
「はい…。未だ未熟な身ですので、申し訳ありません。」
「いやいや、時間かけないで身体にフィットするって、化物レベルだからね?」
俺もカリンも平凡な人間なんだから、あるがままを受け止めようか。
「アルス様をお守りするためならっ」
「いや、人でいてくれよ…(苦笑)」
たまーにカリンが本気なのか冗談なのか分からない。いや、冗談も言う娘なのよ?たまーにだけど。
「大体、カリンには俺以外にも待ってる人がいるんだからさ、自分も大切にしてくれ」
そもそも、寄付を条件に雇っているんだから、孤児院の子達にも、それくらいの熱意を向けてやれよ(苦笑)
いや、俺が知らないだけか?
「いえ…私など、貴方様に比べれば…。」
「はい、ダメー。身分の差なんて言い訳はさせない。俺は俺、カリンはカリン。能力に差はあっても、人の価値は変わらないぞ?」
そもそも、そこまで俺は価値のある人間でもない。
ガタンっとまたも大きく揺れ、それを機に彼女は目をそらす。
「…全く、昔はそんなこと気にせず無邪気に遊んだってゆうのに…。もうお兄ちゃんとも呼んでくれないし…、どこでそんな変わっちゃったんだか…。よよよ。」
少し口角が上がりつつも真面目な声のトーンで言い、目を手で覆う。
「なっ、よよよってなんですか!私だって成長したんです!」
お、素が出た。
足を揃えてキチンとした姿勢は崩さず、両手だけを軽く前に振っている。
「そうだな…。昔よりヤンチャになって…。」
少し耳に赤みが出てくるくらい興奮しているのか、更に反応が大きくなる。
「ど、どーいう意味ですか!」
からかわれ慣れてない反応をみて思った。
ヤベ、可愛い。これはもう可愛い。
そんなこと口が裂けてもこの場で言えるわけもなく。
「ハハハっ。悪い悪い!…けど、ホント、変わったよ。いい意味でな。」
身体的な成長はもちろん、内面も大人びて…、もうどこに出しても恥ずかしくない娘だ。
…本音を言えばどこにも出したくないけどね。
「うぅー。今日のアルス様、なんか意地悪です…。」
気のせいじゃないか?なんて言えば、また素が出るとは思うが…。流石にやめとくか。
「そうだなぁ…、昔より、俺はズルくなったかな。」
中途半端な虚空を漠然と見ながら、微かに記憶が蘇る。
それも、カリンに会う前の記憶だ。
「いえ、昔も今もズルい人です。」
キッパリと断言された。
その返答に俺は、徐々に言葉が心に染み込んでいったのか、自然と笑いがこみ上げてきた。
「クック…、ハッハッハ!そっか、昔もだったか。」
「はい。」
これはやられた。
頬杖をついて窓の外を眺める。相変わらずの景色だが、窓に映った自分の顔は少し緩んでいた。
ガタンッ!!!
その隙をつくかのように、今までより大きい揺れが馬車を襲う。
「おわっ!」
「キャッ!」
後輪になにかあったのだろうか、後ろに働く力が大きく、上手くバランスが取れない。
カリンに至っては前に座っていたから、投げ出されるように俺の横に飛び込みかけて、壁に手をついている。
「ってて、カリン、大丈夫か?」
「はい。アルス様もご無事なようで。」
チラッと窓の外を見ると、なんとなく傾いている気がする。
「王子!ご無事ですか?」
すぐさま周りの付き人達が声をかけてくれるが、それに応答することなく、ガチャッと扉を開けた。
「何があった?」
普段よりしっかりした風な声で答える。
少し慌てた感じでわーわー、騒がしくもある。
「はっ、なにやら後輪が溝にはまってしまったようで、至急対処いたします。」
…溝に?
「カリン、聞いたとおりだ。1度降りよう。」
軽く右に60度頭を傾けながら、コクンと頷く彼女を見る。
「はい。」
馬車を見る限り、確かに後輪が溝にはまっていて、車輪に多少のダメージが見て取れる。
(…こんな平らな道で…ねぇ。)
特にぬかるんでいるわけでもなく、何の変哲の無いただの道だ。それが急に凹むとなると…。
(辺りに気配は…無し、か。)
ぐるっと森の中に目を向けるが、それらしい何かを見つけることはなかった。
「アルス様。」
と、そこでカリンに呼ばれる。
「どうした?」
「コレは…魔法というより、精霊の仕業かと思われます。」
その言葉を聞いて、驚いたというより納得した。
「なるほど…気配もないわけだ。しかし、また古風な技術だな。」
馬車を数人で必死に引っ張る姿を見ながら、記憶を探る。
「たしか…、国にも両手で数える程度の人数しか居ないはず。」
王位継承がどーのこーのという話なら厄介なことはこの上ない。
「…ですが、それならばユルド様は?」
同じことを考えていたのか、もっともな疑問をカリンは投げかけてきた。
第二王子(肩書きだけの)を亡き者にしようとも、第一王子が健在ならば下の者に王位は回ってこない。
「多分、平気だろ。それか首謀者が兄さんかも。」
状況証拠だけじゃ推理するにも足りないものが多い。
現に受けたのはイタズラ程度の嫌がらせ、襲撃されたわけでもない。
「ですが、そうすると犯人は…。」
国の者に確定される。が、多分それはないだろう。
あの兄が俺を襲う理由もない。
「それだとメリットがない。イタズラするだけして逃げるのは愚策だろ?警戒されて更に襲いづらくなる。」
となると、個人的な因縁か…。
潰した盗賊やら貴族なんて数知れない。取りこぼしがないとは言えないけど、基本的に全員捕まえてるはず。
「でしたらアピール、でしょうか?」
「アピール?」
「私は影からいつでも狙っている…という。」
…いやいやいや、小説でよく使われるセリフだけど、多分違うと思う。
「カリン、小説の読みすぎ。」
あながち馬鹿にできない状況だけど、そんな事する馬鹿だとも思えない。
寧ろ報復が目的なら、もっと手の込んだ事をするだろう。
「取り敢えず、分からないことは置いといて。それより…。」
皆ゼーハー言いながらも後輪が溝から脱出している。
「皆ありがとう!よくやってくれた。ひとまず脇にそれて休憩してくれ。」
力の無い声で返事を返す彼らは、何やら疲弊していた。
(…おかしいな…。)
いつの間にかそばに来ていた少し太めの男に声をかけられる。
「王子、ご報告します。ここから次の村までまだ遠く、スペアも一つ足りないようです。」
「…そうか。」
まずいな…、ただでさえ王族仕様で色々特注だっていうのに、スペアが足りないとか。
「先に数人を村へ向かわせますが、宜しいですか?」
「あぁ、頼む。」
ペコッと会釈をされ、数人を選抜し先行組が村へ向かう。
「…さて。どーしたもんか。」
最悪…野宿。いやいや、まてまて。そんな事はないだろ。
「穴、埋めるか。」
ぽっかり地面に空いている大きめの穴を見ながら、ポツリと呟く。
グッタリとして微動だにしている付き添いの騎士達を横目に穴に近づく。
「土は苦手なんだけどなー。」
懐に忍ばせているペンを取り出し、紙を…。
「げ、無くなってる。」
「どうぞ。」
どうするか、なんて思考をする間も無くカリンはノータイムで紙を差し出してきた。
聞く前から出すとは、有能すぎだろこの娘。
「サンキュ。」
サラサラと土専用の初歩術式を書き、効果範囲を設定する。
パッと穴に手放し、紙が落ちたことを確認してから鞘ごと剣を両手で持つ。
「再土」
ボコボコと側面から土が迫り出し、あっという間に穴を埋めてしまう。
即興のオリジナルだから、効果に多少のズレがあるかと思ったが、割と普通に周りの地面と遜色ない仕上がりにできた。
「…こんなもんかなっと。」
「お疲れ様です。」
傍にカリンが控えているが、どうしたもんかと頭を悩ます。
謎の疲労を見せる騎士達に、立ち往生してしまった我々一行。後ろの魔導師達を先に行かせたいのも山々だが、また何かあっても困るわけで…。
「カリン。悪いけど彼らを先導してくれるか?」
妥協してこれしかないだろ。
「はい。ですが…」
チラッと騎士団の者達を見る。
この体たらくでは俺の身の安全は保障できないだろう。が、そんなモンどーでもいい。自分でなんとかする。
「直り次第すぐ追いかけるから、先に村へ向かってくれ。アイツには…。俺の命だと言えば引くだろう。」
先刻、先に村へ向かった表面上は大人しい大臣もそれで黙るだろう。
「できれば2つ先の村は越したかったか、仕方ない。向こうについてからペースを練り直そう。」
と、カリンに馬を渡そうとしたその時。
「殿下ー!後方からすごい勢いで誰か近づいて来るそうです!」
「なに?!」
こんな時に…。
「分かった下がれ!俺が出る!魔導士は壁を作る準備をしろ!タイミングは俺が合図する!」
チラッと動けそうな奴がいないか見たが、まだダメそうだ。
「カリン、ここを頼む。」
「はっ!」
(まさか、コレが本命か?!)
空歩を駆使して一気に2台ある馬車を抜き去り、迫り来る敵の姿を確認する。
…?
男が、たった一人だけ?
ズンズンと迫り来るソイツは、走る速度を緩め、ユックリと俺の数メートル手前で止まった。
その後ろにはモンスターの影も、武装した集団も見受けられない。
(彼は、敵…か?)
外套を纏った姿なので相手のクラスは分からないが、今時珍しい黒髪黒目の男だ。
チラチラと奥を見て、人数の把握しようとしているようにも見えるが…。
「君は何者だ?」
できるだけ穏やかに、けれど警戒は解かずに問いかける。
「俺は…、…旅をしてる者だ。それより、何か事故でも?」
馬車を指差して男は聞いてくる。
(…敵意は、無しか。)
彼の目に宿る意思も気配も、特に何の変哲のない普通のものだった。
これで彼が敵だったなら凄まじい精神力だと思う。
「…えぇ、実はそうなんです。不審な人物が近づいてるとのことで警戒してしまいました。」
片手を後ろに回し、さりげなくハンドサインを後ろに送り、一先ず下手なことをさせないよう促す。
「不審なって…、まぁ、そうですね。通してもらってもいいですか?」
多少の気分は害されたようだが、それで何かあるわけでもなく、通行の許可を求めてきた。
「はい勿論。」
その目は、警戒の色を失ってはいなかったけど。
「ところで、差し支えなければどちらへ行かれる途中かお聞かせ願えますか?」
あまり慣れていない堅い言い回しに違和感を覚えつつ、にこやかな笑顔を向ける。
「取り敢えず、王都に向かってる途中で。」
警戒されてはいるが、なんとか受け答えはしてくれるようだ。
「へぇ、奇遇ですね。我々も王都へ向かう途中なんですよ〜。ということはギルドに用事が?」
瞬間、虚をつかれたみたいにエッて顔をしたが、それもすぐ戻り。
「まぁそんな感じです。」
だそうだ。
カリンにアイコンタクトを取り、待機を命じる。
「我々も事故さえ無ければ良かったんですけどね。」
あはは、と上辺だけ笑いつつ、立ち止まる。
「では、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
「いえ、…では。」
本来ならそれで終わるはずだったのだが、彼は一向に歩き出す素振りを見せない。
「あの?」
「…馬車が壊れてるんですか?」
指差す方向にはついさっきまで乗っていた馬車があった。
「え、えぇ。」
(なんだ?)
少し悩んだ挙句、彼は一言。
「直しましょうか?」
…はい?
(直す?)
「出来るんですか?」
皮肉でも嘲笑でもなく、単純な疑問。
「はい。少し失礼します。」
馬車の前輪まで近づき、それに触れている。
みるみるうちにその車輪は黒く染まっていき、元の木の色は無くなっていた。
(…オリジナルだ。)
それを見た瞬間、体に力が入った。
自身の手札をアッサリ見せる彼は、余程の自信家か、世間知らずか。
年齢にさほど差は無さそうだから、前者の可能性の方が高い。
カリンも驚いた表情で彼の行為を見ている。
「…いや、茶色にするか。」
ブツブツと何か呟いているが、詠唱なのだろうか?
スッと前輪の黒は逆再生するかのように元に戻り、何事もなかったかのように変わらない姿でそこにある。
少し彼は車体から離れ、何もなかったはずの場所に、新たにグニャグニャと今度は茶色い物体を作り出す。
段々と形を整えていき、気づけば茶色一色の車輪が出来上がっていた。
木独特の年輪が無い以外は至って普通の車輪だ。
「出来ました。」
平然と言ってのけ、車輪を立てかけている。
「じゃあ、今度こそ。あ、後で一応ちゃんとしたのに変えたほうがいいですよ。」
ポーカーフェイスで一応は「ありがとうございます。」と言ったが、これは驚いた。
振り返ると彼はもう走り出していた。それでも車輪を形作った魔法は解けることなく存在し、本当にただの物としてそこにある。
「アルス様。」
カリンが手で制し、それ以上近づくことを阻む。
「…あの容姿でオリジナル。まるで『黒き英雄』だな。」
小さい頃、何度も擦り切れるくらい読んだ本。
誰もが知っている主人公と彼が被らないわけがなかった。
「罠の心配は無いみたいです。」
ペタペタと触って確認しているが、特に異常は無いみたいだ。
「…物質生成、といったとこか。」
「おそらくは。」
使い方によっては対人戦で最強だろうに。今まで彼を見たことが無かったのは何故だ?
「…。いや、考えるのは後か。皆すまない!俺の早とちりだったみたいだ!警戒を解いてくれて問題ない!」
未だ後ろで杖を握りしめ控えている魔導士達に向かって言う。
「土適正を持つ者は一人来てくれ!それと、工具も頼む!」
その後、馬車の修理は一瞬で終わり、大臣たちが村を出てすぐの辺りで合流出来た。
黒髪黒目の彼は村に寄らなかったようで、簡単な聞き込みをしたが見つからなかったのは残念だが、途中のアクシデントを帳消しにしてくれる出会いに感謝した。
「カリン、後で部屋に来てくれ。」
急ピッチで馬を走らせ、予定通りの村で夕食を食べた後、コッソリ耳打ちをした。
身分の問題で、堂々と言うとまた周りが面倒なのだ。
返事の代わりに軽く頷き、了承を得たところで村の代表に礼を言う。
「いえいえ、王子が立ち寄るとのことで村の皆も張り切りましたので。」
白髪が目立ついかにも村長といった風な老人と握手を交わし、適当にお茶に付き合い宿に戻る。
ベットに身を沈める頃には疲労はかなりのものだった。
「…眠い。」
延々と村の状況について語られ、補助金やら物資提供をねだられたりしたが、同席していた大臣の「検討しておきます。」だけで返す攻防を見るのは退屈だった。
それがやっと解放されたと思えば、今度は村の子供たちが行う劇を見せられたりと、中々休ませてくれない。
ほぼこんな経験初めてだったから、体力よりは精神が疲労した感じだ。
「初日に色々詰め込みすぎなんだよ…。」
もういつ夢の世界に旅立ってもおかしくない感じだが、あと一歩のところで立ち止まっている。
「あいつ…一体。」
この時代に珍しい黒髪黒目。染めてる可能性もないわけじゃないが、俺の見立てじゃ天然物だね。
今にも途切れそうな意識を謎の根性で保ちつつ、枕に顔を埋める。
「…ダメだ、寝よ。」
グルグルと回っていた思考を強制停止させ、重すぎた瞼を閉じる。
コンコンっ。
誰かがノックしてきた音もするが、これが夢なのか現実なのか、その判断もつかないまま、深い眠りに落ちていった。
「アルス様?」