第10話 実戦と性能テスト
「珍しいですね、あそこまで贔屓にしてる人がいるなんて」
風になびく髪を抑えながら、青い瞳が彼を見据える。
「そんな事を言いに貴女はここまで来たんですか?」
大凡の用件はどうせ判ってる、だからこそ、苛立ちが先走ってしまう。
「…では、場所を変えましょう。ここで話す話でもないですから。」
それを察した彼女は、早々に場所を変えようと提案した。
「どうせ、ここで話したところで問題ないのでしょう?彼との約束がありますし、手早くお願いします。」
しかし、それすら焦れったいと切り捨てて、彼女を急かす。
「…貴方がいいのでしたら。では、一言で。『二日後に』とのことです。」
想像通りの言葉に、少々戸惑いが走る。
「…もう、ですか。」
二日後、彼は役目を果たさなければならない。それがどうにも心苦しい。
「私に心を捨てろ、と言った方が、『もう、』などと。それほどここは気に入ったのですね?」
皮肉交じりな感想を述べる。
「…変わりましたね。貴女は。」
昔、といっても、数年しか関わってない彼からしても、そう思った。
「貴方は甘くなりました。」
彼の過去の栄光とやらを比較したら、彼女の言葉は妥当だろう。
「…。」
それ以上交わす言葉は無いとばかりに歩き出し、それっきり、彼らが会うことは無かった。
一方クロキは自宅へ着き、即興で椅子を作って腰掛けていた。
中々に表面をゼリーにした椅子は、座り心地が抜群で、今度、座椅子も作ろうと固く決めたところだった。
ほら見てくださいよ。こんな体にフィットしてくれる椅子なんて今まであったでしょうか?
いいえ、ない。
これがなんとたった0円なんですって!材料費は勿論、人件費もタダ。なんてお財布に優しいのでしょう!
「お待たせしました。」
即興で作ったにしては上出来な椅子から立つ事を名残惜しく思いながら、遅れてムーアがやってきた。
「あれ、もう良いの?」
脳内テレビショッピングを思考から締め出す。
「えぇ、少し立ち寄っただけみたいでしたから。」
正直、何か隠してるのが感じられた。感じられたが、詮索していいのか判らない。
そして、こういう時は、大抵見て見ぬフリをするのが俺だ。
誰だって踏み込まれたくないことはあるだろう。
「そっか。」
彼女を前にした悪寒。ムーアの態度。二人の関係。
その全てを好奇心だけで聞く気にはなれなかった。
「それより、クロキ!術式を書き換えますよ!やるからには相応のスペックにさせてもらいますからね!」
唐突に高いテンションに切り替え、やる気を見せる。
それが本気なのか演技なのか、俺には判らなかったけど。
「お、おぉ、でも、どうやって書き込むんだ?見た感じ、それらしいのは書いてないみたいだけど…」
銃口のアレ以外、特に何もない。多分、中に書いてあるのかな?
「この中に本命の式は中に刻むんですよ。一通りいじるので貸してください。」
言われるがまま、銃をムーアに手渡し、更に作業台(永続化無し)を作る。
カチャカチャと手際よく分解し、その中心にあった“光る”何かを取り出した。
「それは?」
「これが術式です。より正確に言えば、術式を保存するメモリですね。」
どうやら、俺が想像してた銃の内側にビッシリと文字が書かれている!なんてものは、妄想だったらしい。
「メモリ?なら、こっちはなんでわざわざ直接書いてあるんだ?」
そうして指差したのは勿論、銃口だ。
「それは、そうするしかない…。としか。このメモリに書いてしまうと、そもそも魔法が固定されるので、飛ばなくなってしまうんですよ。」
飛ばなく?
「?仮に飛ばなかったら、何か問題でもあるのか?」
まぁ、近距離戦で役に立つ気はしそうだけど。
ゼロ距離射撃(撃ってない)とか。
「それだと最悪、暴走の恐れや、自爆もありえますよ。」
げ、まじか。
「お、おぉ。なるほど。」
「さて、書き直しの前に、血を一滴いただけますか?」
血?なに?また痛いことでもするの?
「いいけど…。また激痛とか勘弁だからな」
血を要求されて痛い思いをした記憶は、少なくとも一度もないが、やはり警戒してしまう。
「一滴で充分ですから(苦笑)」
サッと人差し指だけに、鉤爪みたいな物コーティングし、左の親指に軽く傷をつける。
「はいよ。」
少し浅かったのか、簡単にポタッと雫は落ちなかったが、特に御構い無しとムーアが血を指で採っていく。
「ありがとうございます。魔法の効率化、維持を手っ取り早く取り付けるには、血をベースに術式を書くのが一番ですから」
その血を紙の文字をザッと塗りつぶす。
そして、どこから出したのか知らないが、インク入りの瓶と羽ペンを手に教えてくれた。
「(…その説明、やる前に教えてくれてもよくないか?)そうなのか」
俺の思考など露知らず、慣れた感じでサラサラと術式を書き上げ、筆を置く。
「出来ました。」
はやっ。
なんとなく英語の文を書いた風な感じ、メモ用紙に三行くらい。
それだけで出来たと。
「そんな簡単なんだ?」
特におかしな点といえば、血を使うことぐらい。後は短文な文。
「複雑にしすぎると、メンテナンスも面倒ですから。それに、クロキの魔法自体、構造こそ単純ですし。この方が使い勝手もいいと思いますよ。」
その手の専門知識なんて知るわけもなく、ムーアの言葉を鵜呑みにするしかない。
なんとなく端折りまくって説明されてる感はあるけど。
「…まぁ、遠距離技を持たないと、宝の持ち腐れになっちゃうな。わざわざそれ通して椅子作るわけにもいかないし。」
そこそこイメージはあるから、実は練習するだけだったりするけど。
というか、俺の魔法って単純だったのか。あんな色々作れるのに。
「私としても、出来れば戦闘で役立ててほしいですよ。(苦笑)あ、組み立てますか?」
もう、ネジ締めるだけの状態までセットしておきながら、聞いてきた。
「あ、うん。」
…というか、工具無しにどうやってムーアはネジ外したんだ?
謎すぎる。
「ふぅー。かなり満足できる出来だと自負しますよ。」
汗もかいてないのに、手の甲で額を拭う動作をしてくれる。
「助かった。ありがとう。全部ムーアに頼っちゃって申し訳ないな」
こんな簡単にアレコレやってくれるんだから、少し尊敬もできるもんだ。
「いえいえ、私がしたくてしてるだけのことですから(笑)」
ここで、「あ、そう?」なんて流したりできない。 人として、やはりここはこうだろう。
「お礼に何かできないか?」
「お礼、ですか?」
大したことなんてできないけど。
「ああ。思えば助けられっぱなしだし、少しは恩返しできればと思って。」
出来ればお財布に優しい範囲で。
「そうですねぇ、でしたら一つ。」
ゴクリッ。いやいや、この反応は失礼だな。俺が言い出したことなんだし。
「今日、いえ、明日にでも飲みに行きましょうよ」
…へ?
「え、そんなんでいいの?」
拍子抜けするくらい簡単なお願いに、戸惑ってしまう俺。
「えぇ、あぁ別に奢れという意味ではないですからね?」
更にハードルが下がった。いやいや、そこは奢りますよ。
俺から言い出したんですけら。
「いや、それはいいんだけど。それだったら、別にいつでも誘ってくれれば…」
「そうしたいのは山々ですが、その、…お恥ずかしい姿を晒したもので、躊躇いが…。」
…あ、そういやこの人、朝なのにベロベロだったこともあったっけ。
「あ、あー。いや、気にしてないし。いいよ、行こう。」
「はい。でも明日でいいですよ。そちらの方が都合がいいでしょう?」
都合って、別に今日でも…。
「明日?明日って…あー確かに。」
そういや、ガルハウンドの換金待ちって明日までか。
「って、よく知ってたな。換金日のこと。」
「トラム君に聞いていたもので。」
「なるほど。それじゃ、明日の夜。家に向かえば良いか?」
ここでいつの間にか手を離していた作業台が、音もなく消えきる。
「いいですよ。というか、先に向かってもいいですよ。」
ムーアとそんな約束を交わした後、軽く体を捻りながら、銃を握る。
腰には形こそ整っているが、色合いが茶色一色という異様なホルスター付きベルトを巻き、銃を仕舞う。
「よっし!完璧。」
なぜ黒色一色じゃないのかと言うと、どうやら色の指定はバリエーションこそ少ないが自由らしい。
最近黒一色だったのは、俺のイメージに依るものみたいだ。
ベルトと言えば茶色だろ。みたいなイメージで作ったら、マジで茶色一色になっちゃったわけで。
まぁ、凝った装飾なんてする気もないから、革に近い感触と硬い留め金だけ上手く作った。
そんな生活に関してバランスブレイカーな魔法を駆使して、装備を整える。
これでウエスタンハットでも作ったら、完璧カウボーイだな。あ、あと縄か。
なんや感やでここ数日、何度も魔法使ってるから判っちゃうのだが、どうやら俺の魔法って便利すぎるみたいだ。
もう、道具屋は回復アイテム買う位しか用が無いね。
…ん、回復?
(あれ、そういや、昨日の傷…。)
ペタペタと左肩の傷を確かめるように触った。触ったが、何もない。
傷なんて無かったとでも言うように、跡形もなかった。
慣れた肉の感触以外の手触りはないし、まさか、かさぶた代わりのあのゼリーがそこにあったりなんかもしない。
本当に治ってる。
「嘘だろ…。」
流石に化け物じみてる。割と深い傷だったのに…。
「いやいやまてまて。まだ自然治癒とは限らないだろ…。」
そこまで人間辞めた記憶もない。至って普通の高校生。
とまぁ、考えられる選択肢は2つ。シンプルに自然治癒か俺の魔法。
「…でも俺が使ったのって止血程度だしな…。そもそも、記憶もほぼない。」
疲労困憊で睡魔に襲われ、寝落ち…。いやいや、あのステータスで記憶がないのも仕方ないだろ。
出血、魔力0、ライフ僅か。アレでどうやって怪我のことまで覚えてられようか。いや無理だ。
例えるなら…、スポーツ苦手な奴がマラソン大会に出てゴール直前、自分の順位が何位なのか正確にわかる奴なんて少ないだろう。
「…っ、わっかんねぇ。」
判らないことだらけだ。この世界の常識なんて、ほぼ知らないにも等しい。
ゴブリンとか、ガルハウンドとか、そんなモンスターについてもわけわからん。
こんなチート魔法が使えるのも不明。
「やめようっ。考えても仕方ない。」
押し殺していた不安がチラついたりしたが、強引に思考から追い払い、村に向かう。
銃の性能も兼ねて、またゴブリン狩りにでも行こうと思う。
道は大体覚えてるし、何かあった時用に、色々買いに行こう。
昨日とは違い、トラム君無しの戦いになるし、かなり警戒して行かなきゃならんし。
とかなんとか思っていたら、まさかの展開になってしまいたした。
「お兄さん、どこか行くの?」
道具屋から出てくるトラム君とばったり会ってしまいました。
「え、あ、やぁ。昨日ぶり。」
「…どこ行こうとしてるの?」
なんか少し怪しまれた感じで、語気強く問い詰められる。
というか、そのあからさまに疑う顔怖いよ?
「えーと、今日もゴブリンを狩りに行こうと思って…」
ーーー。
昨日歩いた自然の中は、割と覚えやすい地形故に、迷うなんて早々無いと思える。
だからか思ってしまう。こう、なんというか、信用されてないんですかね、と。
「また珍しいのを選んだね。もう、最近じゃ飾りみたいな扱いなのに」
一人で行くよ。と言ったのに、押し切られてしまいました。
「ちょっとね、この形が気に入っちゃって」
本当に形だけが決め手で買ってしまったあたり、短絡的だったと思う。
いや、安かったし後悔はしてないけど。
「確かにマニアもいるって聞くけど、まさかお兄さんがそうだったなんて、ちょっと意外。」
実用性を重視したいのは山々だけど、俺の能力ならどうにか本来の使い方をしてやれる…と思ったし。
ほぼ小道となっている木々の間を歩きながら、クルクルと銃のトリガーに指をかけ、回して遊ぶ。
「まぁ、安かったってのもある。っと。」
目的の境界線が見えてきた。
そもそも、なぜ昨日の今日でここに来ようと思ったのか。
まぁ、大きく分けて理由は2つ。実験と金策だ。
銃が銃として使えるか、防具の性能はどうか、実戦で通用するのか、ついでに生活費も手に入れよう、と。
「さて、一応確認したいんだけど」
「なに?」
「昨日みたいに混戦になったら、俺が引き付けるから、トラム君は出来れば魔法で数を減らして欲しい。」
まぁ、そうならないのが一番なのだが…。俺だってあの犬位しか強くないし。
「…いいけど、無茶しないでよ?」
正直約束はできないので、曖昧に苦笑いだけして流した。
コンコンッと自家製鎧を叩き「努力する」とだけ言っておいた。
昨日みたいに、スタート開始直後にゴブリンとエンカウント!なんてことはなく、トラム君に任せて道無き道を進む。
入れっぱなしなのを忘れていた木の棒に、同化をかけて剣の代わりにしながら歩いて数分。何やら少し遠くに騒いでる様な声が聞こえる。
無言で二人とも頷き、慎重に近づいてみる。
水の音も聞こえてくる中、途中がちょっとした崖になっており、その下に小川と開けた砂利道が広がっていた。
俺らがいる場所は、なんとか草木で身体を隠せる程度に隠れられるので、そーっと辺りを見回してみる。
案の定、ゴブリンがいた。
ガーガー騒いでいたのは、どうやら狩りに成功した歓喜の声だったらしく、奴らの近くには毛の長い豚のような…(あれ、牙ないだけの猪か?)動物が血塗れで横たわっている。
「あ、ピッタグだ。」
ボソッと声が漏れたのは、勿論トラム君だ。
てか、ピッタグって?なに、どっかにタグ付いてんの?
「6体…か、2体ほど倒してみるから、それまで手を出さないで」
と耳打ちだけして、ホルスターに手をかける。
イメージするのは勿論、弾丸。なんとなくの形状を想像し、銃口手前に作り上げる。
それを補助してくれるかのように、スムーズに形が整ってくれる。
時間にしてコンマ数秒、弾丸一号は完成した。
まだまだ改良の余地はありそうだが、今はこれでいい。
手始めに川で水浴びをしてる個体に狙いを定め、引き金に手をかける。
これでも高校の学祭で輪ゴム鉄砲の射的を攻略した男。当てるなんてわけもないーーー。
なんて多少思ったが、それはもうほぼ近距離に近い話であって、現実は違った。
というか、簡単に言えば外したのだ。
パンっという音も無く、静かに発射したそれは、川に石を投げ入れたかの如く、ポチャンッ。と音を立てて沈んでいった。
まぁ、奴らも当然気づくわけで…。
おそらくトラム君に白い目で見られているのを感じながら、ホルスターに銃を収めて剣を握った。
「お兄さーーー。」
最後までトラム君の言葉を待たずに、飛び出してしまった。
「くそぉっっっ!」
もう私怨ですよ。しかも自爆した。
無駄に猪突猛進で、現れた襲撃者に驚きつつ、すぐさま武器を手に対応しようとしていた。
着の身着のまま腰布だけで水浴びしてた奴も、武器を取ろうと岸に戻ろうとしていたが、その背中に剣を一突き。
骨やら内臓やらの気色悪い感触に抵抗しつつ、剣を引き抜き、軽く飛び退く。
返り血を嫌ったのだ。
「…やっぱ慣れねぇよ」
昨日のように生きるのに必死になってたら違うんだろうが、これはゴブリンからしたら思いっきり理不尽な襲撃。
命を軽々しく奪うのに抵抗がやはり生まれたしまう。
…飛び出した理由が幼稚すぎるけど…。
「軽い気持ちじゃ押しつぶされちまうな…。」
そんな自覚をこんな時に感じながら、ゴブリンは俺を囲むように円形に取り囲んでいた。
牽制するようにガーガー喚きながら、ジリジリと間合いを詰めてくる。
『お前…、ふざけてんなら俺に代われよ…。あんな無様な姿、笑いを通り越して哀れみしかねーよ。』
また…。誰だよこいつ。
(おい、お前は誰だよ!前振りないから驚くだろーが)
なんとなく、俺にしか聞こえないっぽい声だから、口には出さず心で返答してみる。
ーーー。シーン。
何もなし。ハッキリ話す癖に、言い逃げばっかり、なんなんだよこれ…。
(…たく、無視かよ。それとも、ガチの幻聴とか?)
なんにしても、現状をどうにかしなければならない。
少し錆びてるが、まだまだ切れ味の鋭そうな斧を担ぐ大柄のゴブリンが、何かガーガー言いながら近づいてくる。
他の奴らより3、4歩近づいて手上げた。
(おいおい、それって…。)
まぁ、そんな茶番に付き合う義理もないから、ホルスターにある銃を左手に構える。(右手が剣で塞がってるので)
左手に力を込め、奴が手を下ろすと同時に無音の弾を発射する。
見事右隣にいた取り巻きの頭部に命中し、一体倒れる。
それを見届けることもせず、次に迫ってくる槍を避け、崖のそばまで逃げる。というか、飛び退く。
そのままもう一発くらい敵にぶち込もうとバシャバシャ迫ってくる剣持ちに引き金を引く。
しかし、そう何度も上手くいくわけも無く、敵の胴体に当たった球は、呆気なく鎧に弾かれてしまった。
「なっ!」
見れば意外と高価そうな鎧を着てやがる。さぞ防御力も高いのだろう。
剣を振り上げて斬りかかろうとするゴブリンに足で水を目潰し代わりに使い、隙を作りながら、もう一方の槍持ちに一発撃つ。
「くそっ、」
こちらは腕に当たり、数秒動きを止めるのに役立った。
その間に剣持ちに向き直り、ゴブリンの剣を受け止める。
その背後で、どうやら斧持ちの奴もゆっくりとこちらに近づいてるのが見える。
(意外と重いっ)
鍔迫り合いに興じるつもりもないので、早々に蹴りを入れて後ろに転ばせる。
「だあぁぁぁっ!」
ピカッと何か光る球が立て直しかけてた槍持ちに当たった以外は、特に邪魔が入ることもなく剣はすんなり敵の下半身を貫いた。
ゴブリンの絶叫を聞きながら、剣を回収する暇もなく、とっさにバッと離れる。
直後、盛大な水飛沫とともに地面に斧が生えているではないですか。
「おいおいおい、ゴブリンって、こんな」
言い切る前に右ストレートが胸に迫ってくる。
避けられないと直感的に判断した俺は、かなり微量ではあるが、鎧の下にゼリー状の緩衝材を敷き詰め、ダメージを極力下げようとしてみた。
当然、重い一発が胸に入るわけで…。
中々の衝撃に思わず吐血でもするかと思った。
実際は、俺が蹴りを入れたゴブリンみたいに後ろに転びかけたのを、必死で踏ん張り、軽い浮遊感と共に数歩後ろに下がる程度だったが。
それを好機とばかりに追撃を加えようと、周し蹴りを入れようとしてきた大柄ゴブリン。
しかし、いいタイミングでトラム君の魔法が炸裂し、それは叶わなかった。
逆にそれで隙を見せたコイツに、地面に手をついてもう一本、『剣』を取り出す。
予備で作っておいた剣が役立つとは思ってなかったが、それはまあいい。
ドパッと水がゲートに入り込んだのも、些細なことだ。
奴の喉元めがけて剣をまっすぐ突き入れる。
まぁ少年漫画なら、そのまま数秒動かないとかあるんだろうが、俺はそんな優しくもない。割と死にかけたんだからな。
ただ力任せに剣を横に払い、文字通り、首の皮一枚(以上あるけど)にしてやった。
ペタンっと、水の中に座り込み、何度も深呼吸をする。
荒い呼吸を繰り返しながら、まだ辺りを警戒する。
だが、ベタに伏兵がいる何てこともなく、目の前にはとめどなく溢れる奴らの血が川に溶け、斧が一本地面から生えてるだけの光景が目の前にはある。
「お兄さん?平気?」
いつの間にかそばにいたトラム君に心配されつつ、何かコレジャナイ感が胸にはあった。
まぁどうでもいい。
「ん、あぁ。援護サンキュ。助かった。」
やはり一人で戦うには、まだ無謀らしく、あのままだとかなりの苦戦を強いられていたことだろう。
てか、多対一じゃ、一の方がそりゃ不利だし。
「動ける?とりあえず、あれ片付けないと、水が汚れちゃう。」
ゴブリン共の死体を指差し、聞いてくる。
別に大したダメージなんて貰ってないから、二つ返事で了承する。
ーーー、五分後。
ほぼただの小川に戻った川を眺めながら、小休止している。
「また大量だね。これ、それなりにベテランの人が稼ぐ量だよ?」
しかも、その手の人ですら安全牌を選ぶので、ごく少数の数を数回にわけて狩るのがセオリーだ。
「いやー、運が悪いのかなんなのか…」
ぶっちゃけ、逃走という選択肢も選べるのに、全てにおいて戦闘コマンドを入れてるからこうなるというのに…。
それに気づかない彼は愚かなのだろうか。
「まっ、今回は結構取れたし、今日の分くらいは山分けしてもらおう、かな?」
あっけらかんと言い放つトラム君の言葉に、衝撃が走る。
(…そういや、昨日、換金分全部貰ってるから、トラム君って実質タダ働きなんじゃ?)
何か言わなければならないとは思いつつも、何も口から出てこない。
あそこまでハードな1日を経験して、挙句、道具屋まで付き合ってくれて…それで給料無し?
それどんなブラック企業?
「どうしたの?急に黙っちゃって??」
どんな顔して彼と言葉を交わせばいいのか、もう頭真っ白で判らない…。
「いや、その…。ごめん。確かに、昨日のお金、分けてなかったよね。」
「???へ?うん。そうだけど…?え、どうしたの?」
…その純粋に「何を言ってるのか判らないよ?」とでも言いたげな疑問に心を抉られる。
ホントごめんって。本当に。
「ホントにゴメン!なんなら、今からでも昨日の半分渡すから!」
こう、見る人が見たら、何コイツ?と思えなくもないのだが、これが俺の性分なわけで。
恩とか義理は、極力返すのが常識なのだ。なので、割と自己嫌悪に陥って少し暴走してる。
「ちょ、え?いいよそんなの。気にしないで。僕だって助けてもらってるんだし、それに、お金に困ってるわけじゃないんだからさ。」
ここまでくると、トラム君が「あれ、余計なこと言っちゃったかな?」とか思わなくも無いので、クロキがそろそろ引くべきなのだが…。
「いやでも、…。」
「いいっての。もう!」
少し強引にトラム君が押し切って終わった。
「大体、5シラバーなんて、少し多めにポーション買ったらすぐに無くなっちゃうんだから。そんなに変わらないって。」
(…あー、年下にこんなこと…。しかも諭されて…。)
「…判った。ごめんな。」
なんか違う意味でギクシャクした空気になりながら、唐突にトラム君が立ち上がる。
「悪いと思ってるなら、少し働いてもらうからね。」
「?いいけど、何を?」
「あれ埋めるの。」
そうして指差したのは、やはりというかなんというか、ゴブリンの死骸だった。
「昨日は埋める体力がなかったけど、本来は、片付けとかないと色々問題があるから。」
「…そうなんだ?」
「うん、まぁ。肥料がわりにもなるし。」
ということで、せっせと地道に穴を掘って、身ぐるみ剥いだゴブ達を放り込みました。
(うーん。ゲームで表現されない部分て、かなりグロかったんだなぁ。これじゃタチの悪い追い剥ぎだ。)
なんて途中で思ったり。
この後、テキトーにゲートに売れそうな物を放り込み、道具屋の店主に売り込みに行っただけで、1日は終わってしまった。