第七十五話 月に行って体重計ではかると、体重が六分の一に……本当はなっていない。
「……交渉に来た、この船を貰い受ける。」
………………
………………
船内に異様な雰囲気が漂う。その最中、令二は少し困っていた。
(……あれ? なんだこの雰囲気? 俺……何かまずいこと言ったかな……こういう時はなるべくかっこよく登場したほうが良かったのか? こう、火の魔法とか使って……)
「な、なんだテメー!」
「よ、よくも俺らの仲間をやってくれたな!」
令二がそんなことを考えていると、船員たちは少し震えながら言っている。
「……はあ……あんまり手荒なことはしたくないんだが……」
令二がため息をしながらそんなことを言うが、海賊たちの一人がそれにお構いなく突っ込んでくる。
「死ねーーーー!」
キイイイン!
しかし、令二はその男の短剣を自身の剣ではじき返し、そのまま彼を海賊の群れに投げ込む。
「うわあああ!」
その男は大勢の海賊の上にかぶさり、下にいた海賊はドミノのように下敷きになる。
「て、てめー!」
「オラァ! 全員かかれ!」
そう言って海賊たちが令二に襲い掛かろうとしたその瞬間……
「やめな! あんたたち!」
女性の声が張り上げ、海賊の群れの奥から姿を現す。
「サリー船長!」
「キャプテン!」
どうやら彼女がこの船の船長らしい。黒色の髪、透き通るような瞳、水着のような露出度の高い姿に、その上には黒い船長服のようなものを羽織っている。
「あんたたちが何人かかっても、こいつを倒すことなんてできないよ、時間の無駄だ。」
「しかし、こいつは……」
「あん? 私に文句があるってのかい?」
「……い、いえ……」
先ほどまでいきり立っていた船員たちは彼女の登場で一気に静まった。しかし、令二はそれに構わず……
「……あんたがこの船の船長か?」
「……へえ、いい男じゃないのさ……猫族の割にはいい動きをする。」
「答えろ……あんたが船長で間違いないな?」
「……ああ、そうだ……よ!」
サリーは令二の質問に答えると同時に腰のレイピアを取り出し、令二に突きの攻撃を繰り出す。
(速いな……)
令二はサリーが攻撃を仕掛けると同時に体を右に少しずらす。
サリーの攻撃は空中をつき、そのまま令二が先ほど船員の攻撃を受けた剣で横から切りかかる。
令二の剣が彼女の髪に触れる寸前、サリーは自ら剣を船の床に突き刺し、それを支えとして空中に舞い上がる。
「……ずいぶんと身軽だな……」
「……あんたこそ、さっきの攻撃をよけるなんてやるじゃないか。気に入ったよ。」
「そりゃどうも!」
礼を言いながらも船内で闘いは続く。
外野である船員は二人の激しい剣技の中に入るスキがない。
「はあ!」
「おっと……」
ギーーーン、ガラガラーン!
サリーの攻撃により船の外に続くドアが破壊された。
「……ったく……自分の船じゃないのか……」
「ここはあたしの城だよ……どうするかは私が決める!」
キイイイイン!
鋭い金属音が鳴り響く……令二はその衝撃で船の広間に出されてしまった。
「まだまだだよ!」
サリーはその場で倒れこんだ令二に向かってレイピアを突き刺す。
キイイン!
令二は彼女の剣を外へ受け流し、かろうじて攻撃を防いだ。
その後、彼女を蹴り飛ばし、そのまま後ろに下がる。
(……魔法を発動する時間がない……)
「はあ、はあ、はあ……」
令二は息を切らしながらそんなことを考えていた。
いくら猫に偏しているとはいえ、もとはただの人間……身体能力は指して変わらない。彼女の耳は……猫……ではなく虎に近い。身体能力がほかの獣人と比べ、格段に高い。
「……そろそろ息が上がってきたんじゃない? 一人で乗り込んできたわりに口ほどにもないみたいだけど……あんたは……」
「……橙色……」
サリーが話している途中、令二は《グラビティ・コア》を発動し、サリーの動きを止めた。
「なっ……」
さすがの彼女も驚いているようだ……しかし……
「まだ動けるみたいだな……結構強くしてるんだが……すごいなあんた……」
令二は彼女のことを褒めながらも、タンタンと歩いて彼女の前に立つ。他の船員も加勢しようと試みているようだが、体が動かせずにいるようだ。
「……はあ!」
サリーは必死に剣を振り上げる。先ほどより動きが鈍っているようだが、それでも彼女は十分に戦えるほど動けるようだ。
「おっと……あぶねえ……この魔法を使うと集中しないといけないから俺も動きが鈍くなるし……動けるなら使う意味もないか……」
そう言うと、令二は《グラビティ・コア》を解除する。
「く……」
サリーは突然の拘束感からの解放に体が付いていけていないようだ……体が地面に倒れこむ。
「……あんた、一体……」
「……じゃあ、交渉を始めるか……」
令二は顔を少しも変えず、サリーに向かってそう言った。