第六話 山にも村がある。それは里山でなく、隠れ里なのだ。
2016/4/1 修正
ルナの願いを聞くと決めた令二は、ルナからその事情を聞いていた。
「では改めまして……拙者はルナテディウス・アルヴェイと申すものでござる。《コノセ》と呼ばれる忍者の一族の一人でござる。」
(まあ、どうみても忍者だしな。)
ルナの格好を見ながら令二はそのようなことを考える。
しかし、ファンタジーに忍者とはかなり不釣合いだ。
そして名前もまた、忍者と不釣合いである。
令二は色々と思うところはあるが、今は彼女の話を聞く。
「拙者らの暮らす土地では日々、あらゆる山の魔物たちが食料を求めて里を襲いに来るのでござる。それを理由に300年前に今の里長が中心となって築き上げた里……それが《コノセ》の里なのでござる。」
「なるほど。」
元の世界での忍者も隠れて暮らすのが定番だが、この世界でもそれは変わらないらしい。
山に隠れて何か良い事があるのか気になるが、今は気にしない。
「しかし最近、見たことのない魔物が襲ってきたのでござる。その魔物は常軌を逸して強く、凶暴になのでござる。里長は今不在で、拙者の父上が里長の代わりに指揮をしているのでござるが……」
「うまくいかない……と?」
「……そうなのでござる。魔物の奇怪な術で前衛部隊の半分近くが戦闘不能になってしまい……治療している間、守りが薄くなってしまうのでござる。」
「死者は出ていないのか?」
話を聞く限りだと、里に魔物たちが毎日襲ってくる……
それはそこで暮らしている人にとってはかなりの負担になるはずだ。
犠牲者が出てもおかしくはない。
「魔物が凶暴になってからは、一人も死者は出ていないでござる。拙者たちの里は、里長の信念によって作られた里なのでござる。里長は、里の皆の命を守る術を徹底的に教えてくださったでござる。」
しかし、それを聞いて令二は何かおかしいことに気付く。
「ん?ちょっと待て、里長って300年前に里を作ったんだよな。もしかして……かなりのお年寄り?」
元の世界では300歳などいるはずがない。
だが、今ここは異世界。
何があっても不思議ではない。
たとえそいつが300歳以上生きている老人忍者でもだ。
「たしか……去年里をでてった頃は352歳だったでござるな。もう353歳になってるはずでござる。お年寄りではござるが、拙者はあと50年は生きられると思うでござる。」
「………………」
どうやら異世界の寿命は、元の世界の常識では測れないらしい。
この異世界では人間ですら寿命が長いようだ。
しかし令二はあまり気にしないことにして、話の続きを聞く。
「では、協力してくれるのでござるか!!」
「……あ、ああ。約束だからな。ただし、里のみんなには俺のことを紹介してくれ。よそ者扱いはごめんだ。あと、見返りとかもちゃんと用意してくれ。」
「み、見返り……でござるか?」
考えていなかったかのように、ルナは首をかしげる。
「ああ、もちろんあるよな?」
令二は困った顔をしているルナに問いかける。
「……レイジ殿は容赦ないでござるな。では、拙者の家に代々伝わる巻物でも……」
「いや、そこまでしなくてもいいけど……まあそれは後で考えておいてくれ。」
「承知したでござる。」
「でも、里の全員を相手にそこまでの被害を出す魔物を俺なんかで前衛半分の代わりをできるとも思えないんだが……」
「そんなことはないのでござる。あれだけの速度。達人並みの気配を察知する勘の良さ。とても子どもとは思えない錬度でござる。」
(尾行に気付けたのはアークのおかげなんだがな・・・)
ルナの誤解をそんなように考えているが、また聞き捨てならないことを言っていたことに気が付く。
「子どもって……俺は17歳だぞ。」
「……予想以上に若いでござる……」
ルナは意外そうに令二を見つめている。
(そうだった。こっちの世界の奴らに元の世界の常識は通じないんだった。)
ここが異世界であることを身に染みて思い知らされる。
こちらでは人間の寿命までもが違うらしい。
「では早速……里へ案内するでござる。」
こうして、その願いを承諾した令二はルナと一緒に朝になるまで野宿して里に案内してもらうことになった。
村の全員の命を大切にしている里長ならこの状況をどう思うだろう。人命を優先するなら里を捨てて安全な場所に移るのが賢明だ。
だが、令二はそれを口にしなかった。
(それだけじゃないんだろうな。里の全員だれも命を落とさないで迎撃してる。里が好きなんだな。……プライドってやつか……よくわかんねーけど……)
令二はそんな勝手なことを考えながら、少しだけやる気を出していたのだった。
令二がしばらくルナへ付いて行く。
「こっちでござる。」
令二の手を引っ張って歩きながら、ルナはそう言った。
「ここ?霧に包まれて何も見えねえぞ。」
「水忍法《ミスト・レンジ》でござる。周囲の水分でここ一帯を霧に包ませているのでござる。こちらでござる。」
忍法とは魔法のことだろう。
令二はそれを察して尋ね言ことにした。
前も見えない霧の中で、手を引っ張られながらも令二はルナについて行く。
そしてしばらく歩くと、徐々に霧が晴れて行った。
「さて、到着でござる。」
「……おお」
そこは川や湖、水で囲まれたとても良い里だった。
畑、水田……山なのにもかかわらず、大きな川が流れている。
その美しさに令二は息をのんでいた。
「魔物はあの湖から来るのか?」
山に湖があるという、まか不思議な事はあまり気にせず令二は尋ねた。
「そうでござる。奴のせいで川にも湖にも近づけなくなって、里の暮らしにも影響が出ているのでござる。」
「あー、姉上!」
二人が話していると突然、朱色の髪をしたちびっこがルナに抱き着いてきた。
ツインテールで、ルナとよく似ている。
「レイ、いい子にしていたでござるか?」
「はい!」
「妹か?」
「そうでござる。レイ・アルヴェイでござる。」
「この人は誰ですか?姉上の男ですか?」
「ち、違うでござる!」
ルナの顔が赤くなる。
慌てて否定するルナを見て、レイはクスクス笑う。
「そんなことより、お前らの一族ってそんなに変わった名前なのか? アルヴェイって、なんか忍者と不釣合いと言うか……ルナテディウスとかも……」
「こ、コンプレックスなのでござる!それと、『そんなこと』ってなんでござるか! 重要なことでござる!」
理由はわからないがルナは怒っている。
どうやら名前については禁句だったらしい。
以後気負つけるように令二は心にとめる。
「うぶな姉上ですけど今後ともよろしくお願いします……」
「まあ、今は本当にその話はどうでもいい。えっと……レイでいいか?」
「はい、レイです。あなたのお名前は?」
「ああ、レイジ・アマノだ。早速だが戦況を教えてほしいんだ。」
令二はそう言うと、里の集落に案内されるのだった。
「よそ者を連れてきたとは何事か!」
男が「ダンッ!」とちゃぶ台をたたいて怒鳴りつける。
「ですが、こうも里の戦況が悪化しているとなると拙者らだけでは……」
「この里で起きたことは里の問題だ。それをよそ者に頼るなど……」
俺の目の前では今、口論が続いている。
里長の代理のケブラと呼ばれる男がルナに対して怒っている。
(まあ、隠れ里っていうぐらいだし……よそ者が来るのは実際、まずいことなんだろうな……)
「……里長だって、この非常時にこれだけの犠牲が出たらきっと許してくれるでござるよ、父上!」
(……?ケブラはルナの親なのか……そう言えばルナの父親が里長の代理って言ってたな。お前がルナテディウスなんて恥ずかしい名前を娘につけたのか……)
半泣きのルナを見てそう思った。
「ダメだ!こんなどこの馬の骨だか知らんない小僧を連れてきおって!! その小僧にも迷惑がかかるじゃろうが!命ももちろん大事だが、よそ者に迷惑をかけたとなれば『コノセ』の名がすたるわ!」
「でも、レイジ殿は強いんだよ!父上なんかじゃ勝てないよ!」
(おいおい・・・ルナもキャラが変わってるぞ。親子喧嘩になるとルナってこんなふうになるのか?)
明らかに口調が変わるルナに対して令二はそう思う。
ござるの語尾は忍者っぽくなるための演技だったのかが気になるが、
今は目の前の二人の喧嘩の様子を見ることにした。
「なに? こんな小僧に俺が負けるか!はったりも体外にしろ!」
「ベーだ。 父上なんかけちょんけちょんにやっつけられるもん。」
(なんか、俺の立場がだんだん悪くなってきている気がする……それとルナ。口調が変わりすぎ……)
「小僧、稽古をつけてやる!表に出ろ!」
「レイジ殿、そんなやつけちょんけちょんに……でござる。」
自分の言動がおかしくなっていることに気付いたか、すぐに「ござる」を語尾につけるルナ。
そして、いきなり喧嘩を吹っ掛けられた令二はこの状況をどう対応するか少し悩む。
「……よし。やるならすぐやろう。」
仕方がないので令二はそう言って、その場で立ち上がる。
「ふん、小僧がいきがりおって!」
なぜか怒りの矛先を令二にぶつけて来るケブラだが、令二は仕方なさそうにしぶしぶ外へ出るのであった。