第五十二話 王女様キャラは間に合ってます。
屋敷内でパーニャの短剣が令二の喉元に迫ったとき、令二はすでに魔法を発動した。
「……橙色……」
令二がそうつぶやくと突然、空中にいるパーニャの動きが止まった。
「なっ…………!」
パーニャはどうやら自分の動きが空中で止まっていることに驚いているようだ。
「き、貴様、何を!」
しか、し令二は動きの止まったパーニャを見送って、そのままお嬢様のもとへ歩く。
「………………」
「あんたは動けるんだろう?」
「ふっ、これは思った以上に……」
お嬢様は令二の言葉を聞いて座席から立った。
「……重力魔法とはな……しかも今のは詠唱がまるでなかったぞ? 貴様、何者だ?」
そう、令二が使用した魔法はミリーの四大魔法の一つ、重力魔法《グラビティ・コア》である。その効力は使用者の周囲50メートル以内の重力を操作する魔法である。
「そういうのは自分から言った方が筋が通っている気がするが?」
令二はお嬢様に向かってそう言った。
「……いいだろう、妾はエミリア・ファルイス…………ルーベル王国第三王女だ。」
――――――――――――
エミリアに少し興味が出た令二はその後、屋敷で夕飯をいただくことになった。
「さて……貴様の名を聞いていなかったな……黒猫……」
「……俺はレイジ・アマノだ。」
「き、貴様!お嬢様に向かって……」
パーニャが令二の態度に激怒した。
「……そうか。」
しかし、エミリアはパーニャを視線で黙らせ、そう言った。
「もう一度言う。妾は貴様に興味を持った……妾の従者となれ。」
「何度言われても断る。」
令二はエミリアの言葉を一切断る。
「まあ、いい……妾の物になるのも時間の問題だ。まずはレイジ、貴様の素性を聞かなくてはな……」
「……その前にひとつ聞く。」
「なんだ? 言ってみよ。」
「なぜ王女がこんなところにいる。さっきの屋敷もそうだったが、城は反対方向にあるぞ。」
「……貴様はこの妾に聞きづらいことを聞くな……」
「……御託はいい。話すのか、話さないのか?」
「……それに答えれば妾の物となるのか?」
「それは断る。だが、たいていのことは答えるつもりだ。」
「…………ふっ、いいだろう……聞くがよい。」
――――――――――――
「妾は王女の地位を剥奪された身だ。」
「……それで?」
突然のエミリアの言葉に動揺せず、令二が問う。
「………………妾の話はそれだけだ。」
「……それだけか……」
その答えを聞いたとき、令二はエミリアへの興味が失せた。まだ何か話していないことがあるのは明白だが、彼女はそれ以上話すつもりがないと令二は判断した。
「なら二つ目、なぜ俺に興味を持つ?」
「ふむ、それは貴様が妾の研究対象になりえる者だからだ。」
「…………研究だと?」
「ふっ、妾はあらゆる魔法の研究をしておる。貴様は一目見た時からその異質の魔力を秘めていた……」
(……なんだ、俺と同類か……魔法の研究をしているならもしや……)
「…………理解した。それで? 俺には何を聞きたい?」
約束ではあるので令二は再び彼女に尋ねた。
「……貴様のそれはなんだ?」
「……それ? ……とは?」
「貴様の懐にしまっている本だ。」
「!………………」
(……こいつ……)
令二はエミリアの勘の鋭さに驚く。
「……ヒツジ女が下がればいいだろう。他のだれにも口外しないと誓うなら見せる。」
「き、貴様!」
「待て、パーニャ! ……いいだろう、誰にも口外はしない。ただしパーニャも聞く……それでいいな、パーニャ。」
「……口外しないなら別にいい。」
令二はそう言うと、しばらく黙り、次の言葉を口にする。
「……これは魔法を保有した本だ。」
「……魔法を保有するだと?」
「この本には特殊な付加魔法がかけられている。」
「……ほう、興味深いな。では、どのような魔法が付加されておるのだ?」
「……これ以上は話すつもりはない。そちらも全て話せば別だがな……」
「……貴様、いい度胸をしているな……」
「……そちらもだ。すべてを話さないのはどういう了見だ?」
そして、令二とエミリアは互いににらみ合う。
するとパーニャがしびれを切らしたのか……
「いいかげんにしろ! 貴様、お嬢様に向かって、なんだその口は!」
「「黙(ってお)れ。」」
二人の言葉がパーニャを黙らせた。
「ふふ、妾にここまで同じ立ち位置で接してきたのは貴様が初めてだ。」
「…………俺はあんたみたいに図が高い奴は初めてだ。」
天上天下唯我独尊の王女と黒猫の令二の話し合いが始まった。