突入
《突入》
翌日。
「震天雷だと」
武田信龍は驚いたように言った。
「はっ。あれを用いれば城壁を吹き飛ばすことも容易いかと」
「一番乗りの功は武田のものとなります」
昌信と有信の進言を受け、信龍は決断した。
「よし、昌信、お主の好きにするがよい。首尾よく事が運べば、恩賞を取らせる」
「有難き幸せ」
「これで他家を出し抜くことが出来るわ」
信龍は薄ら笑いを浮かべた。
「春日、小山田勢に先鋒を任せる。者ども、出陣じゃ!」
それから三日間、武田勢は戦術の打ち合わせや攻撃の準備を進めた。この間古河軍は城を攻めあぐね、戦線は膠着状態に陥っていた。長期戦を見越した物売りや遊女たちが古河軍の陣営に現れるようになり、士気の低下も進んでいた。鎮守府将軍古河成氏は遊女を陣に入れないよう布告していたが、彼自身も二人の愛妾を連れて来ていたため、徹底されるわけもなかった。
寄せ手に厭戦気分が蔓延しつつあった攻城五日目、城の南で沈黙を保っていた武田勢五千は突然城攻めにかかった。
「こら、ここは我ら里見の持ち場であるぞ。どこの兵じゃ」
「この『大中黒』の旗が分からぬというのか」
城攻めをしていた里見勢の将兵が先頭の小山田・春日勢を見て文句を言うが、旌旗の中に『武田菱』があるのを見て口をつぐんだ。
「分かれば良い。邪魔立てするならば里見様が迷惑されるだけのこと」
有信はそう言って里見の将兵の間を通過した。
「それにしても、我ら小山田の『立ち沢瀉』の紋くらいは知っておいてもらいたいものだ。先代以来の戦功は有名なはずだが」
「若、名声などいらぬと聞き及びましたが?」
「知られていなければいないで腹が立つ。先日の功名も広まっておらぬようだな」
「……名を惜しんでこそ、一人前の武士でございますぞ。命を惜しみつつ名も惜しむ。そのさじ加減こそ領主に求められる素質でござる」
「下手に功を求めれば代償も大きい。何もしなければ見くびられる。困ったものだ。いつまでこんな状態が続くのか」
「それを言うても詮無き事にござる。今は目の前の敵を討つことに集中してくだされ。殿の采配が、将兵の命を左右致します」
有信は太刀の柄を握りしめ、「分かっておる」と答えた。
やがて布陣が完了した。先鋒の将兵は置楯や竹束で敵の矢を防ぎながら、『井楼車』という高さ三間半(約六・三メートル)の移動式攻城櫓を中心に少しずつ土塁に近づいていく。特に竹束に対して矢は無力といってもよかった。
空堀の際ぎりぎりまで接近し、敵の矢が一瞬止まった隙を狙い、春日昌信が采を振った。太鼓の音と同時に井楼車から火のついた玉状の物体を持った足軽三名が次々と玉を城壁へ投げつけた。二つは城壁の際に、残る一つは城壁の向こうへと消えた。一瞬の静寂の後、轟音が響き渡り、木と土でできた城壁が木っ端微塵に吹き飛んだ。
これが震天雷(爆弾の一種)である。先年の帯方遠征の際に戦利品として手に入れたこの火薬兵器は、火器や大型兵器をほとんど使用しない難波国内での戦において屈指の破壊力と衝撃力を持っていた。
「かかれ!」
間髪入れず、昌信が太刀を抜き放ち、前方へ振り下ろした。長さ三間(約五・四メートル)の空堀に板を渡すと、待ち構えていた春日勢が鬨の声を上げて崩れた城壁めがけ突入していく。
「我らも続くぞ!進め!乱取りを許可する!戦利品は思いのままぞ」
有信の言葉に、将兵は歓声を上げた。つらい戦の見返りは、略奪による戦利品の獲得である。先日予定外の激戦に見舞われた武田傘下の豪族衆にとっては、損失を回収する絶好の機会であった。
震天雷の轟音に肝をつぶした城壁の守備兵は突入した武田勢に対応できず、そのまま逃げだした。まさか城壁が破られると思っていなかった周囲の今川兵は町に乱入した敵兵に驚くも、散発的な応戦となり徐々に押されていく。
この機に乗じて里見勢は南門に大攻勢をかけ、ついにこれを突破した。城下町への進入を許したことで、大手口の兵も動揺し、ついに門を守備していた侍大将が降参し、白旗を上げた。門は開かれ、古河勢がどっとなだれ込んだ。
町のあちこちで乱戦が繰り広げられていた。町民は突然のことに右往左往し、敵味方双方の刃にかかって斃れる者もいた。
「女子供と降伏した兵は虜とせよ。他の抵抗する者は撫で斬りじゃ!」
武田信龍が叫ぶが、周囲の兵はもはや掃討よりも略奪の方に熱心であった。
「小山田隊、我に続け!」
有信は三百の兵を率い、相府随一の豪商・駿相屋と相府屋のある区域へ向かった。
「者ども、駿相屋と相府屋の家財全てを運び出せ!没収品は後で山分けする!」
応と叫んだ兵たちは二つの店に乱入すると、片っ端から家財を持ち出していく。どうせ略奪するなら大きい所を集中的に狙う方がいいと考えての下知であった。
さらに、相府屋は以前武田氏に対し敵対的な行動をとったことがあり、甲山郡の民から恨まれていた。その際相府屋は甲山郡の産物を買い占め、物価の急激な上昇を招いたため、その被害をもろに受けた小山田氏の中でも相府屋に対する怨嗟の声が聞こえていた。有信はその報復も兼ねて豪商たちの店を襲ったのである。
「一応の大義名分はある。奴ら、今まで山の民をいたぶってきたのだ。全てを奪われたとて文句は言えまい」
そこへ、今川勢の一部隊が攻撃を仕掛けてきた。数は小山田勢より少ない二百人程である。すぐに信成らが応戦した。
「鑓衆!敵を押し出せ!」
しばらく鑓の応酬が続いたが、やがて敵の態勢が崩れてきた。
有信はすかさず「乗り崩せ」と騎馬武者たちに命じた。鑓衆が道を開け、三十騎程の騎馬武者が敵勢の中央に斬り込むと、敵はどっと崩れ、潰走した。
こうして略奪が再開された。大月小三郎ら武士たちは略奪に加わらず、敵残党がいないか屋敷内を見て回った。あの鈴木達也もまた、有信の横に付き従って鑓を立てている。有信らの前には財物が次々と積み上がっていた。そして、押収したものは家財や銭だけではなかった。
「相府屋がいましたぞ」
何と、憎き相府屋と奉公人たちが土蔵に隠れていたのである。
「ま、まさかこうも早く城が落ちるとは……山猿の分際でよくもやってくれたな」
相府屋は侮蔑の表情を露わにして言った。
「山猿の知恵を馬鹿にせぬことだな。御屋形様は貴殿との対面を楽しみにしておられるぞ。今のうちに身代金を出してくれる親戚を考えておくのだな。金にならぬのならば、貴殿は新府(甲山郡の郡府。武田氏の本拠地)にて磔獄門ぞ」
「くそっ」
「全員捕らえよ。御屋形様より追って沙汰が下されるであろう」
足軽たちは相府屋とその奉公人たちを後ろ手に縛ると数珠つなぎにして引き立てて行った。
「良いか、女子供への乱暴狼藉は法度ぞ」
有信は足軽たちに向かって念を押すと、鈴木達也の方を見た。彼は何も言わなかった。何か言いたそうではあったが。
そこへ春日昌信が手勢を引き連れやってきた。
「相府屋を虜にされたとか。御屋形様もお喜びになりましょう」
「世辞はいい。何用だ」
「今いる手勢を連れて本丸へ向かってください。御屋形様に合力せよとの御命令でございます」
有信は「承知したと伝えよ」と言うと、残っていた五十人程の兵と共に本丸へ向かった。決着の時が近づいていた。
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