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土豪の倫理  作者: 筑前屋
1/8

遭遇

初めての投稿になります。誤字脱字などがあればお許しください。

初回は本当に導入部のみです。合戦は始まりません。

《行軍》


 十月末のこの時期としては珍しく霧の深い山道を、軍勢は進んでいた。天候に合わせて小山田(おやまだ)甲山(こうざん)(のすけ)有信(ありのぶ)の気分もまた陰鬱なものとなる。

 有信の主君、甲山郡と飛場(ひば)郡を治める武田(たけだ)(のぶ)(たつ)といえば、この王国で知らぬ武士はいない。古河将軍家に従う大名家では屈指の軍事力を誇り、戦で負けたことはほとんどない。そのため、将軍家が戦を始める際には必ず出陣要請が来る。

 今回もわざわざ王国の南西部、駿相(すんそう)(ぐん)まで出向き、将軍家の軍に加わり敵対する今川氏を攻めるのである。

 「相府(そうふ)(駿相郡府の所在地)まで行っても何の得にもならんではないか。意義も収穫もない戦など、やる気が出ん」

 いよいよ有信は馬上で愚痴をこぼし始める。

 「若、兵の士気に関わります。おやめくだされ」

 家臣の(こま)(はし)(のぶ)(なり)が諌める。この男は有信より七つ年上で、長く有信の傅役(もりやく)をを務めてきた。そのため有信が家督を継いだ後も『若』と呼ぶ癖が直らず、有信が三十一歳となった現在でもそう呼び続けている。

 「いいや、言うね。そもそも、北方の守護たる武田が、何でまた五千もの兵を引き連れて相府まで出張る必要があるんだ?帯方(テバン)が北に兵を送っていることは知っているが、それでも無防備に過ぎるだろう」

 帯方は武田の北にある異民族・ハン人の国家で、武田ら和人の支配するここ難波(なにわ)や西の熊襲(くまそ)とは宿敵の関係にある。もっとも、小山田領と境を接する帯方の在地領主は昵懇(じっこん)の間柄で、有信には彼らを憎むべき理由が見つからないのだが。

 とにかく、一応隣国の脅威を引き合いに出してみた有信であったが、信成はその可能性をきっぱりと否定した。

 「あり得ませぬ。これは確かな情報筋です。帯方は主力軍のほぼ全てを北方へ向かわせており、こちらに兵を割く余裕などありませぬ。よって北の兵を引き抜いても防備は盤石。問題ありませぬ」

 「では質問を変えよう。なぜ将軍家が今川ごときに大軍を動員する必要がある」

 信成はしばらく考えた末に、

 「このことは他言無用でございますぞ。兵の士気にかかわる問題でござる」

 と念を押した上で答えた。

 「恐らく、今川は既に朝廷と手を組んでいるのではござるまいか。将軍家は朝廷との一大決戦を望んでおられるのでしょう。それゆえ朝廷と今川の同盟を知りながら、相府攻めを始めるのでござる」

 「アホらし」

 有信はげんなりした。

 「結局それだ。将軍家は自分さえよければ満足なのだ。動員される方の身にもなってみろ。前線の侍大将の気分を奴も味わってみたらどうだ」

 「将軍家の悪口を言ったと御屋形(おやかた)様の耳に入りますぞ。まあ確かに、我らには何の分け前も無さそうですな。相府城に一番乗りでもせぬ限りは」

 「七百の兵を危険に晒すわけにもいかん。よし、我らは後方で高みの見物といこう。この際諸大名の戦をとくと見てやる」

 そんな主君の様子を見た信成は

 「ようやく若も元気が出てまいりましたな」

 と言うと前方へと馬を進めた。どうも兵の動きが鈍いので、先手の兵を急かすのである。小山田勢七百は、武田軍の遊撃部隊として、駿相郡に入ろうとしていた。




 ―駿相郡南部、相府城の手前に広がる平野に敵が集結している。

 報告を聞いた武田信龍は、勇躍して全軍に進軍速度を上げるよう命じた。彼自身は戦好きであり、手柄をあげて武田の名を全国に轟かせることに人生を賭けていた。

 「そこが御屋形様の悪い癖だ。前線とか俺は御免だね」

 有信はそう言いながら最後の野営地に着いたが、既にそこは各地から集まった大名や豪族の兵であふれていた。

 「将軍家の兵に加えて宇都宮、里見、佐々木……小笠原もおりますな」

 「将軍家の力も相変わらず衰えんな」

 有信は信成と話しながら、先行する本隊に続いて宿所とすべき場所を探した。

 最終的に、小山田勢は池のほとりにある集落に宿所を置いた。

 有信は村長に乱暴狼藉を禁止する旨を通達し安心させた。別に慈悲の心があるからではない。反抗を防ぐためである。

 その夜は何事もなく過ぎるかと思われたが、ここで問題が起こった。

 「殿!殿!怪しい奴を見つけましたぞ」

 接収した民家で一眠りしようとしていた有信の元に、そそっかしいことで家中では有名な大月小三郎が駆け込んできた。

 「何だ、騒々しい」

 「怪しい奴を見つけたのでひっ捕らえました。妙なことを口走っておるので殿の判断を仰ぎたく、参上した次第」

 「お前の早とちりという事もあるからな。乱暴狼藉の禁止を約定した手前、無辜(むこ)の者に危害を加えるわけにもいかぬ。確認しよう。案内しろ」

 確かに、怪しい男であった。上等な羽織を着て下に白い筒袖の服を着、下は股引のような細い袴。髪はぼさぼさで髷を結っていない。明らかに武士ではないと(わか)る。

 「この者、池のそばで我らの様子をじっと見ていたのでござる。すぐに怪しい奴と見破り、縛り上げました。幸い、盗られたものはありませぬ」

 小三郎の話を聞いても当てにならないので、有信はうつむいたままの男に問いかけた。

 「お主、名は?どこの者だ。何故我らの陣を見張っていた?」

 男は答えない。周囲の足軽が「こら、答えろ」と男の頭を無理やり上げさせる。二十代半ばと思しき顔が松明に照らされる。やがて男はぼそぼそと答えた。

 「木村達也、住所は神奈川県平塚市……」

 早速有信の頭は混乱した。

 「待て、どこだ、そこは?郡名で答えろ」

 「いや、平塚は郡じゃないんで……」

 「郡に属さぬ地などないぞ。帯方(テバン)か?済州(チェジュ)か?それとも大輪(おおわ)()か?」

 郡制の存在しない周辺国の名を立て続けに口にすると、男はその中の二つに反応した。しかし……

 「済州島ですか?そこは韓国でしょう。オオワダは常務ならわかりますけど」

 こいつはだめだ。頭がいかれている。間者(かんじゃ)でも何でもない。

 「あの……腹が減ったんですけど、何かありませんか?」

 有信の中で危険度が大幅に低下した男は、状況がよく分かっていないのか飯を要求した。

 「小三郎、こやつどうする?」

 「少し可哀想になってきましたな。飯をやる代わりに軍役を負担させますかな」

 「そうしよう。この妙な男には興味がある……。おい、お主、飯をくれてやるから我が軍列に加われ」

 「え……いいんですか?ありがとうございます!死ぬかと思いましたよ」

 どこまでも呑気な奴だ、と有信は思った。一応手元に置いておくつもりだが、戦がどのようなものなのか、このいかれ男は本当に分かっていないのではないだろうか。しかしこのご時世、そんな人間は存在しないはずであった。


ご購読いただきありがとうございます。次回から本格的に戦いが始まります。

十回以内に終わらせるつもりです。どうか最後までよろしくお願いします。

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