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彼女  作者: 長門 郁
第一章
8/17

episode7


 すると、ぽつりと宝来が呟いた。

「樹と彼女さんはどうなの?」

「えっ」

 ずいっと宝来が体を乗り出してくる。それに伴って、穂高は身を引いた。

「付き合って何ヶ月だっけ」

「に、二ヶ月くらい、だな」

「手、繋いだことある?」

「お、おう」

「キスした?」

「……し、したけど」

「デートは?」

「してない」

「即答だね」

「言うな悲しくなる」

「セックスは?」

「なんか寒いな、窓閉めるぞ」

 穂高は立ち上がり窓際に歩を進める。明らかに動揺していた。

「へぇ、したんだ」

 宝来は真逆に、からかうでもなく冷静だった。

「したんだ……」

 その凍てつくような視線に、穂高は気づかなかった。

「う、うるせーな! どうだっていいだろそんな話!」

 窓を乱暴に閉めて穂高はカーテンに身を隠した。赤面した顔だけがカーテンから覗いている。

「なにしてるの」

「うっせー……だいたい、そんなこと」

「ねぇ。樹」

 穂高を遮るように、


「彼女、処女だった?」


宝来は重くそう問うた。

 穂高は声が出せない。

「その顔……処女じゃなくて、ショックだったようにも見えるよ? 樹」

 微笑を浮かべる宝来は、心底楽しそうだった。

「……確かに」

 穂高はカーテンから出て窓際に寄りかかった。

「あいつ、男とか知らねーだろうなって勝手に思ってたから、少し、昔の男とか気になっちまったのは事実だ」

 そのままズルズルと床に尻をつく。

「なんか、手慣れてたんだよな……つい最近まで、他の相手がいたんじゃないかとか、そんなことばっか考えちまって……」

 穂高は頭をガシガシと掻き毟り、膝を抱えた。それを見て、宝来はため息を吐く。

「樹は彼女にぞっこんだね」

 それは呆れたような言い方だった。

「うっせー」

穂高にはやはり、決まった悪態しか返せない。悔しさも相まって、反撃しようと試みる。

「俺のことはいいんだよ。いい加減お前の許嫁紹介しろって」

「やーだよー。僕は独占欲が強くてね、できれば誰にも見せたくないよ」

「この……どこまでいったんだよ」

 宝来は目を細める。それは女性を擽るような、妖しい微笑みだった。

「内緒」

 カチンと来た穂高は胡座をかき、膝を叩く。

「俺だけ暴露なんて不公平だろ!」

「樹が勝手に言ったんじゃん、僕知ーらない」

 拳を握り肩を震わせる穂高を眺め、宝来はくすくすと声を出して笑った。

「でもね、やっぱり僕は樹が羨ましいよ」

「あ?」


「だって、樹には自由に動く脚があるじゃないか」


 嘲笑を含む言い方が、穂高の胸を抉る。

「もしも、もしも許嫁が交通事故にでもあったら、僕はすぐには駆け付けることができない。他人の手を借りて車椅子に乗せてもらわないと、どこにも行けないんだ」

「宝来……」

「……ごめん、こんな話してもしょうがないよね。気を取り直して学校のこと聞かせてよ」

 いつも笑顔を絶やさない宝来だが、どこか達観しているところがあった。自分の境遇について、やはり諦めの色が漂っているように感じられる。

「そんなこというんだったら、ちゃんとリハビリ行けよ」

 穂高は椅子に座り直した。先ほどとは逆に、宝来に詰め寄る。

「諦めてんじゃねーよ、まだお前の脚は動くかもしんねーだろ」

目を見開いた宝来の腕を掴んだ。痩せた細いそれは、同じ歳の自分とは大違いだった。それを実感するだけで、穂高は息が詰まる。

(こんな人間に、俺はもっと過酷な道を行かせようっていうのか)

 しかし、諦めて欲しくはなかった。

「俺はお前に、自分の未来を潰して欲しくない」

 一人の友人として、可能性を自ら消して欲しくなかった。

「だから、せめてリハビリくらいは」

「樹」

 宝来が食い気味に穂高を制した。穂高の腕を掴み、そして、

「ありがとう。本当に、ありがとう」

そう絞り出すように言った。

 その表情は今にも泣き出しそうな、そんな笑みを含めた名状し難い表情だった。




 樹は帰って行った。

 病室には、僕だけが残された。いつもの静寂、温度、匂い。

「ああでも、少しだけ暖かいな……樹のおかげかな」

 樹はとてもいい人だ。お人好しとも言える。

「本当、羨ましいなぁ」

 今日は柄にもなく慰められてしまった。明日から、またリハビリを頑張ってみようと思えた。穂高樹という人間には、いつも驚かされる。

「いいなぁ、樹は」

 僕は引き出しから一冊の本を取り出す。栞代わりに使っている写真を取り出した。その写真は破られていて、通常のものよりもサイズが小さい。

 そこには、僕と彼女が写っている。

 僕は動かぬ彼女にキスをした。

「明日は、来てくれるかな」


 僕はベッドを倒し、寝る準備をする。

 今日は楽しかったし、久々に長い間喋って疲れてしまった。


『諦めてんじゃねーよ』


 樹の声が聞こえた気がした。

 ふふっと思わず笑いがこみ上げる。

「ありがとう樹。でもね」




──0に1や2掛けたって、結局変わらないんだよ?──




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