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彼女  作者: 長門 郁
第一章
5/17

episode4


「納得いかねぇ」

「あたしのバンドだから樹の納得はいらない」

「それはリーダーとして横暴すぎる」

「じゃあやめるつもり? 男に二言はないわよね?」

「うっ」

「今年もやり遂げてやるって言ってくれたよね?」

 音楽室で、穂高の前に立ち塞がるのは柳田りさだった。ショートカットの勝気な瞳を持つこの美少女は、不敵に目の前の彼を見上げている。

「まさか嫌いな後輩がいるからって辞退する気?」

「生徒会長が聞いて呆れますね」

 合いの手のように、坂下が横から茶々を入れる。

「あーもう分かった分かった。やればいいんだろやれば!」

 半ば自棄にやった声が音楽室に響く。




 部活が終わり、穂高は音楽室に来ていた。

差し入れをしてくれた柳田りさは、バンド活動をしており、穂高はそのメンバーの一員だ。人員が足らないと嘆いていた彼女だが、今は楽しそうに坂下と談笑している。

「坂下が入ってくれて助かったわ」

「えっへへ。りさ先輩のためなら樹先輩のことなんか気にしないっす」

 一方杉村は、カスタネットを片手にピアノの椅子に腰掛けていた。坂下と柳田の会話を見て目を細めてないる。

「杉村もメンバーなのか」

「いえ、俺は楽器なんて弾けないので」

 杉村は穏やかに苦笑をこぼした。

「じゃあ帰ったらどうだ? もう暗いし、また雪が降るらしいぞ」

「悠と一緒に帰るので、ご心配なく」

 穂高はその裏のない笑顔に、ごくりと唾を飲み込む。

「も、もしかして、一緒に住んでるって噂は本当なのか……」

 一瞬キョトンとして間を置いた杉村だが、すぐにまた笑顔を作った。

「噂ってなんですか。事実ですよ」

「……お前すげーよな。こんな喧しいやつのの世話なんてよくできるな……」

 同情を隠せない穂高は杉村の肩をぽんと叩いた。

「まあ、悠の親御さんにも良くしてもらっているので」

「……坂下の親って、あの坂下財閥の」

「そうなります。それに穂高先輩。悠は喧しくなんてありませんよ」

 その言い方は、微かに圧がかかっているように聞こえた。

「お前らが転校して来た頃からうるさかったっつーの。御影御影って、喧しいったらありゃしねぇ」

 坂下悠は、かの有名な坂下財閥の御曹司だ。

 しかし現在は社会勉強も兼ねて、親元を離れて一人暮らしをしているらしい。こちらに転校して来た頃は御曹司だからとこちらも気を遣っていたが、今では簡単にあしらうことが日常になっていた。

「お前らが転校して来て、もう2ヶ月か。早いもんだな」

「そうですね」

「あの時はいきなり御曹司がやって来るって、生徒会は大変だったんだぞ。教師陣からは丁重におもてなししろとか言われるしよ」

 杉村は大きな手の中ににあるカスタネットを弄りながら、相変わらずの苦笑いだった。

「悠は堅苦しいの嫌いですから、最初からテンション高くしてたんですよ。これからも、今くらいの扱いでお願いします」

「今くらいの扱いって……」

 穂高は杉村の微笑みを怪訝そうな顔で見返す。

「俺的にはお前の扱いが一番分かんねーよ。坂下と一緒に転校してきたけど、お前は別に金持ちとかじゃねーんだよな?」

「俺はただの一般人ですよ。悠とは幼馴染で、親元離れるのに悠1人じゃ危ないからって、俺も一緒に転校です」

 親も放任主義なんで、と最後に付け足した。

「なんか、いろいろぶっ飛んでるなお前たち」

 穂高のため息混じりの一言に、やはり杉村は笑うだけだった。





 冬の夜は足が早い。17時を回る頃には冷気と共に闇が辺りを埋め尽くしていた。

 休日のため、校舎にはもう生徒は見られない。

 そんな静寂の中、穂高と柳田は凍てついた廊下を歩いていた。向かう先は玄関だ。

 坂下と杉村は先に帰り、音楽室には2人だけが残されていたが、2人だけでは気まずい空気を噛みしめるほかなく、柳田はろくにギターに触らずに練習を切り上げたのだ。

「寒いね」

 柳田の澄んだ声が沈黙を破る。

 ああ、と穂高短く返事をする。

「差し入れ、美味しかった?檸檬の蜂蜜漬けなんて久々に作ったんだけど……」

「美味かったよ。皆もそう言ってた」

「そっか。よかった」

 2人は玄関に着き、それぞれ下足を取り出した。扉を開けると、容赦ないほど冷たい風が責めるように吹きたてる。2人は揃って身震いをした。

「寒いな」

「本当、寒い」

 口々にそう言い合い、2人は顔を見合わせ笑った。


「こうやって2人で帰るのも、懐かしいね」


 柳田の何気ない一言が、穂高の記憶の糸を解いていく。

(そうだ……確かりさと付き合い始めたのは、去年の冬だったな……)


「……柳田、ごめんな。本当なんて言ったら良いか……」

 苦虫を噛み潰したような表情の穂高を、柳田はキョトンとした様子で見上げた。やがてにこりと不気味にも取れる笑みを顔に貼り付けると、

「それは何について謝っているの? あたしが樹と付き合ったことで虐められたこと? それに気づけなかったこと? それともあたしと別れてたった3ヶ月で御影と付き合い始めたことに関して? ん?」

 柔らかく元彼氏を責めた。

 穂高は口を紡ぐ。

「別に過ぎたことだし、樹が悪いわけじゃないし。……あ、悪いと言えば、樹の人気ぶりじゃない? 生徒会にもマネージャーにも女子がいないのは、皆ターゲットにさせるのが怖いって噂だし。このままじゃ、ファンクラブとかできちゃうんじゃないの」

 雪のように軽い嫌味だが、穂高の頭に重く降り積もる言葉だらけだった。

「過ぎたことって……お前が影でずっと虐められてて、俺は微塵も気付けなくて……」

 ぎりっと歯をこする音が脳に響く。



「お前が、髪を切られてやっと気付くなんて……情けねぇよ」



 柳田の笑みが曇る。短い自身の髪の毛先を隠すように、マフラーを持ち上げた。

 再び沈黙が流れる。柳田に笑みはない。重い空気に耐えられず、穂高から目を離した。

「ごめん、変なこと思い出させちまって……帰ろう。送るから」

 柳田の旋毛に向かってそう告げる。柳田は何も言わずに従った。




 帰路での2人に会話はない。積もった雪を踏み潰す音や車の音しか聞こえない。

「御影は」

 柳田が恐る恐るといった声音で、御影の名を口にする。

「御影は、逆恨みとかされていない?」

 それは純粋に、後輩を思う先輩の表情だった。

「ああ、あいつに手を出す奴なんて、相当な馬鹿だよ。うちの高校の柔道部剣道部くらいなら平気で張っ倒せるぜ、あいつ」

 冗談のように聞こえるが、穂高は至極真面目だった。

 柳田はホッとしたように微笑む。

「そっか、よかった」


 瞬間、風が強くなる。柳田のボサボサになった髪を直す仕草が、穂高には心に来るものがあった。今は肩にも付かないほどショートが板についているが、昔は御影に負けないくらい長い髪を結い上げていた。

 マフラーを巻き直し、穂高の視線に気が付く。申し訳なさそうな、そして懐かしいものを見るような顔の彼に、柳田はそっと微笑む。

「御影には、あたしみたいな思いさせないでよね」

 その言葉には、柳田の切実な気持ちが込められていた。

 穂高は大きく頷く。

「分かってる。……絶対、泣かせやしない」

 その答えを聞き、柳田は満足そうに身を細めた。

 それと同時に、あんなに近しい存在だった彼が遠い存在のように思われて、胸がちくりと傷んだのもまた事実だった。





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