レプリカ
当然の事ながら僕には『あれ』が指す物は分からなかった。いや、不自然かもしれない。盗難に遭った品物を知らずに捜索は出来ないし、何が盗まれたのかなんて、そもそも資料に載っているべきだろう。
しかし知らないのだから聞くしかない。僕は兎に尋ねた。
「あの……その……盗まれた、要は『あれ』っていうのは何なのかな?」
眉間にシワを寄せて、さも小馬鹿にした顔で兎は僕をチラッと見てから、翡翠色のカップに紅茶を注ぎながら答えた。
「……指輪。」
2つのカップに紅茶を注ぎ、1つを僕に差し出して言葉を続ける。
「リングの部分は金で、同じ金で縁どってある中心に珊瑚のだ円の大きな石がはめ込んである指輪。」
やたら細かい描写だが、捜すにあたっては助かるので真面目に頭の中で、その指輪を思い描いた。
「これ。」
僕は宝石や装飾品には疎いので必死に想像していたら、いとも簡単に彼女はそれを持って来た。
「……あるじゃないですか。」
「レプリカに決まってるじゃない。」
フンと鼻を鳴らして、そっぽを向く。
確かに。
ここにあるなら捜す必要はない。……が、レプリカがあるのに本物が盗まれた?だいたいレプリカを用意する程の高価な物なのか?
「あの時に限って……外してた。いつもは必ず指にはめてるのに。それに……。」
彼女は紅茶をひと口ゆっくり飲んでから続けた。
「レプリカと並べておいたのに本物を見抜いたから、ただ者じゃない。」
「たまたま本物を手にしたんじゃ?」
また眉間にシワの表情で彼女は言った。
「本気で探す気がないなら手を引いて。あんたが思うような安物じゃないの。価格じゃなく、価値が、ね。」
そして再び紅茶を口にした。
まただ。
また、あの寂しげな哀しそうな表情。僕は何となく罪悪感に似た感情にさいなまれて言った。
「いや、すみません。本気で捜しますよ。」
「そう?じゃ、このレプリカ、持ってっていいから。お手並み拝見させてもらおうかな。とにかく……。」
今度は僕の目を真っ直ぐに見ながら兎は言った。
「本当に大切な物だから。」
レプリカであれ、素人の僕が見ても年代物の、実際も見た目も重みのある、綺麗な珊瑚が輝く指輪だった。
その時はあまり気に留めなかった。
何故レプリカを用意してあるのか。
何故その時に限って外したのか。
何より、何故そこまで大切な物を無造作に置いて、そこから目を離したのか。
そして気付いていなかった。
更に同じデザインの指輪が、彼女の指には光っていた事を。
僕が本格的に、その深く哀しく、感慨深い迷宮に入り込んだのは、思えばあの時だったのかもしれない。
誤字脱字すみません。読んで頂けて光栄です。




