目覚め
柔らかな寝心地。暗闇の中、意識がゆらり浮上する。
「大丈夫かしら? 酷い火事だったから」
心配を多く含んだ穏やかな声。
それは聞き覚えのある声。レアと呼ばれていた未亡人の声。
酷い『火事』?
なぜ彼女はアレをまるでただの火事、事故か何かのように言うのだろう?
知りたければ、語るタイミングをはかれとヴァリーと名乗った人物は言った。
わけがわからな過ぎて、どうしていいのかわからない。ぶつけたい。答えが、ヒントが、欲しい。
それに、
「デイジー、は?」
ローズの振るう鉈がデイジーを、血まみれに。そして、宙釣りから谷底の流れに落ちていった。
吊り橋向こうのデイジーのコテージ。
周りにヤギや豚を飼う民家もあったはずだ。それが全て火に、ローズの放った火に焼かれたと言うのだろうか?
「目が、覚めたのね」
その声は優しく同情的だった。
「あの、デイジーは?」
沈黙。
そっと目を開ければ、黒のロングドレスに揺れ落ちる赤毛。
「吊り橋が落ちて、向こうのことはわからないの。鎮火してからは煙ひとつ上がらないわ。探しに行こうにも、橋がないの」
もの寂しげな声に罪悪感がおきる。
「レアさん」
「ストレリーティアというの。前も意識のあやしい時に会ったものね。レアと呼んでくれればいいのよ?」
ゆるりと振り返るレア。
未亡人というだけあって、ローズやデイジーより十歳ぐらいは上なのだろうと思う。
しっとりとした黒いドレスが、ゆるく結われた赤い髪が揺れれば、ほのかに香る緑の香り。
「後で娘を紹介しましょうね。今なら夕食に間に合いますもの。一緒にいただきましょうね。……食べなくてはいけませんから」
「デイジーは、し、……戻らないんですか?」
死んだ。なんて確定させたくなかった。
きっと、生きてる。そう信じたい。脳裏を過る。吊るされた赤を消し去りたい。
「橋が、なんとかならないことには。海からは、かなり遠回りになるの。島にはエンジンのついた船がないから、沖に流されてしまうのよ」
言い聞かせるようなレアの言葉は優しく降ってくる。ゆるりとした動きで手の甲を撫でられる。
見上げれば、そこにある感情は憐れみ。
「力になれなくてごめんなさいね」
ぽとんと頬を伝い落ちた雫。
ローズもデイジーも好きなのに。なにがどうしてこうなっていったのかが理解できない。