尋ね事
朝、海に出る準備をしているデイジーに聞いてみたんだ。
「夜、茂みの中で何か生き物がいたみたいなんだけど、野生動物がいるの?」
ぱちりとデイジーは瞬きをする。手に持った金属の棒を専用の布で磨いている手が止まった。
「鳥とかトカゲとか? 家畜のヤギと豚が逃げたって話は聞いてないよ?」
答えは知らない。だった。
「それよりさっ、夜は寝る時間なんだから、いつまでも夜更かししてたら治るものも治らないでしょ!」
怒られる。熱っぽかったのは事実で、今朝だって少し頭痛が残ってる。
「ごめん」
乗り出していた体を引いたデイジーは少し困ったように微笑む。
「いいの。キツく言い過ぎたわ。その、寝にくいんなら、寝付きにくいんなら、一緒に、その、一緒に、寝てあげようか? ぁ、あ、そ、添い寝するだけで襲わないし、襲っちゃダメに決まってるんだからねー!!」
怒鳴ってくる顔はとても近い。
僕は言われたことを頭の中で繰り返して、まとめる。
理解できない。
ローズもデイジーも美人だし、可愛い。タイプは違えど美人なことには変わりない。性格は可愛いし。
そんな少女が、少女たちが、揃って僕を誘惑してくる。好意を示してくる。というのが理解できない。対比対象はいないが、僕自身がそれほど特徴的だとも思えない。
「目が、ぎょろっとした目が光ってたんだ」
だから、誘いには気がついていたけれど、流した。
デイジーは息を軽く吐くと、そばの枝をぱきりと手折る。
「トカゲじゃないかしら? 光ったって言う目の色は何色だった?」
目の、色?
手折られた枝についた緑がゆらりと揺れる。
イメージとして浮かんだ色は雲の出ていない白みを帯びた空の青。
「あお、青だったと思う」
「まるで鬼火ね!」
軽やかにデイジーは笑う。
傷ひとつない滑らかな肌が眩しい。
「おにび?」
「幻の火。死者の魂とか言われてたかなぁ。あんまあたしは詳しくないんだー。レアなら知ってるかも。レアはインテリだし」
記憶によぎるのは黒い装いの赤毛の女性。
ぎーぎーとどこかで鳥が鳴いている。
「貝を採ってからレアに会いに行こうか。きっと木陰で大人しくしてるなら、そろそろそのぐらい平気じゃないかな」
軽い口調で言い、勢いよく体を動かすデイジー。
素早い動きで桶を掴み、中に金属の棒を放り込む。
差し出される手を僕は掴む。
掴む瞬間、閃くように『イイノカ?』と脳裏に過る疑問符。
暗い青の視界。
煌めき。
人魚の白い手。
滑らかに動く真珠の肌。水の煌めき。
桶を持つ手。桶の中には少量の水と獲れたての魚と海藻に包まれた貝が幾つか。
傷のない、綺麗な白い肌。
ぎーーーーーーー
鳥が鳴いている。
デイジーが驚いたように顔を上げた。
「トカゲ」