夜の音
動けるようになるのに意外と時間がかかった。
上半身を起こしただけで目眩がひどく、安静を命じられた。
持ってきてもらったパンは食べることができず、かろうじて水で薄めたものを口にできただけだった。
空が赤味を帯びる頃、赤毛の女性が部屋を訪れた。
デイジーは彼女をレアと呼んでいた。
僕は昼過ぎから認識した発熱で朦朧としながら彼女を見た。
黒いワンピース。赤い髪。暗い色の瞳。左目のすぐ下に並んである小さな二つの黒子。
優しく彼女の手が僕の髪を撫でた。
「傷から雑菌が入ったのね。お薬を使ったから下がると思うけど、ゆっくり眠ってちょうだいね。ウィルさん」
ゆっくりと囁かれる声はじんわりとしみ込むように優しく感じた。
「デイジー、ちゃんと、……を。……かり……」
彼女はデイジーに何かを言いつけてからいなくなった。
起きれたのはデイジーに拾われてから十日後だったらしい。
久々に立ち上がれば体力の衰えを実感した。
大人しくしてろとデイジーは笑うが、じっとしているのはどうも落ち着かなかった。
何か手伝えるわけじゃなく、おとなしくしているのが一番役にたつんだろうとは思う。
町や村と言うよりそこは集落というのがピッタリくる人の少なさだった。
子供の声が聞こえてたと思うという疑問をデイジーに尋ねれば、笑いながら、未亡人のところの一人娘だと教えられた。
遊んでいることもあるが、手伝いや勉強で忙しいし、怪我人を質問責めにしかねないので接近禁止令が出てるらしい。
「しっかり治ってくれないと人には紹介できないんだから、しっかり休む!」
ビチビチと跳ねる魚を片手にデイジーは僕の背を押し、散歩を切り上げさせた。
館の夜も静かだった。
ここの夜もまた静かだった。
しんと静まった室内。
窓の外から聞こえるのはぎーぎーと鳴く夜鳥の鳴き声。葉を揺らす風の音。
音を遮るカーテンなどはなかった。むしろ隙間風が丁度いい空調だった。
薄く熱が出たのか、なにやら寝付けず、思いついて少し窓から風を取り込んだ。
ザッと香草の匂いと潮の香りが部屋に入ってきた。それと湿った土の匂い。
フッとぎーぎーと鳴いていた夜鳥の声が止んだ。
ガザガザと茂みを揺する風の音が強くなる。
天候が崩れるのかと空を見上げれば、雲こそあれど、星空が広がっていた。
それは息を飲み、言葉を失うほどの圧倒感を僕に与える風景だった。
感動に打ち震え、視線を落とす。手が震えているのは圧倒されたからか、体調の悪さか。がさり。茂みを揺らす音に何かと思った僕は顔を上げそれを見た。
そう、ぎょろんとした光る双眸が茂みの向こうで瞬きをした。