花のおもい
気が狂いそうだ。
いや、もうとっくに狂っているのか。
私に生きている資格などないのに。
なにも助けれない。なにもできない役立たず。
祖父と母の命を奪い、優しくしてくれた男にも死をもたらした。
無垢だったビーを、その心を確立する前に奪われ傷つけられたのも私の管理ミスだ。
「何考えこんでるの?」
「トゥーリー」
トゥーリーはビーが守る人工知能。
トゥーリー、アクセ、シンセ。個人意志は三つ。
シンセとトゥーリーはこの塔のメイン管理。アクセは外部との通信管理。この塔の中で情報と私を守ってくれる存在。
シンセが表面化してる時はトゥーリーもアクセも表に出てこない。
個人意志があると言っても彼らは多重人格みたいなものだから。
外部端末であり、セキュリティなのがビー。
外部端末であるボディを使うのはあくまでビーが主体。たまにトゥーリーが割り込むことがあるみたいだけど、あまり見ない。
ビーは一番、後付けで、基本人格プログラムを外部の友人に組んでもらった。
ゆっくりお互いに関係を作っていこうって楽しみにしていた。
ビーの人格プログラムはセキュリティではあるけれど、本領は私のための医療介護。
外部で起動させられたビーは窃盗に対してのセキュリティモードで目覚めた。
結果、対人恐怖症の医療用ロボットという不完全な存在にしてしまった。だからと言って、『お前はいらない』などと言えるはずもなかった。ビーは何も悪くないのだから。
シンセは無言で受け入れ、トゥーリーとアクセは楽し気に『妹』として受け入れた。
ビーが接触を恐れるのは『人間』だけだから塔にいる限り問題にならなかった。
そんな家族を築いていく人工知能が羨ましかった。
私自身はそこまで人らしい個性を構築できず、『そうあるべき』を演じるしかできないのだ。どこまでも理解できない中で。
だからビーにはいろんな格好をさせた。ちょっぴり困ってることに気がついていたけどやめなかった。
フリフリのドレスやウサギのヘッドドレスはすごく困ってた。
たぶん、私は家族を、その情愛を求めてる。
まずは母に。
そして祖父に、父に。
電子の海の中で泳ぐ時間は家族が在った。
おじいさまにシンセ、アクセは私にとって間違いなく家族だったから。
電子の海では虚構の家族像にいくつも触れることができた。
もちろん、みてるだけだけど。
おじいさまは私を憐れんでお母様を殺める道を選んだ。
私の手で私は電源を落とした。
おじいさまは『自分の罪だ』と言っていたけれど、まちがいなくボタンを押したのは私だった。
人が押さなければ、おじいさまやお母様の命を奪う状況をシンセが許さなかったから。
シンセは『人』を『命』を『主人』にして『創造主』を守ろうとする。
母は父にだけ執着する人だった。父が娘である私に興味を持った瞬間、私に向ける意識が無関心から敵対に変わった。
おじいさまはそれを見かねたのと終わりたかったんだろうと思う。
『みんながいるから大丈夫だね』
おじいさまの安心をどうして覆せるだろう。
おじいさまやお母様が作り出した塔の中。
世界のどうぶつ図鑑に載ることのない幻想生物たちがこの塔には住んでいる。
おじいさまもお母様も私には想像もつかない天才なんだと思う。
私はいったい何になりたいんだろう?
私はいったい何をしたいんだろう?
私にいったい何ができるんだろう?
外の世界が私は好きだった。
素足で砂を踏む感触も。時にべたつく潮風も。陽射しに晒されて暑いほどの岩肌も。
はじめて見た犬は塔の中で見る生き物たちとは本当に違ってわくわくした。
祖父の友人の別荘で私は少年に出会った。
私の異常性をまるで知らぬ少年に。
人は、電子の海を泳がない。眠病は死病であり、生き延びない。
それが一般的な認識。
眠病患者であり、電子の海を泳ぐ私は人の枠からすればおそらくは異端で異常。排される存在だと知っている。
人間という生き物は異端を恐れるものなのだ。
少年は知らない。
少年は会うたびにその背を伸ばしていく。
置いていかれる。
「ひさしぶり」
彼は屈託なく笑う。
異端だと知っているだろうに、気がついているだろうに。
会うごとに他愛のない雑談を。
なにが好き。
これが苦手。友達との関係。
冷たくて甘いソフトクリームが間にあわず溶けていく。
笑われてペロリと指を舐められた。
火傷しそうに熱いお菓子にフゥフゥとかけてくれる吐息。
進路のこと。世界への不安。
そう、あの時すでに世界はゆるやかに滅びに向かっていた。
『箱庭計画』
それの関係者の中に彼の名前が載った。
「家族を守りたい」そう彼は夢を語っていて、きっとそれを実現に近づけた。
私は電子の海から夢を叶えていく彼を見ていた。
それだけでよかった。
少しは彼の理想が実現するように協力もしたけれど、彼は気がついてないはずで。
きっと、それはとても楽しかった。
彼女が彼の姉だと私は知っていた。
彼女は泣いていた。
「私の子供を助けて」と。
その子供は研究の成果であり、彼女の子でありながら彼女の子供ではない。
なんの力もなく一番弱い個体を彼女は求めた。
世界を救済に導く力ある子供を放棄して力ない子供を求める理由はわからなかった。
私は、その結果が見たかった。
彼が見ていたなんて、聞いていたなんて知らなかった。
私は、いらないと言われた子供たちが欲しかった。
お母様の遺した技術があれば彼女の望む一人を生かすことは可能だった。
彼に知られていた。
一人しか救わない姿を。
私は彼女の姿にお母様を重ねたのかもしれない。
生きる力のない子をただひたすらに求める姿。
私はお母様にそんなふうに求められたかったのかもしれない。
世界はどんどん壊れていく。
箱庭も築かれていく。
彼女は自分の立場を理解していなかった。
彼女は子供を助けるために力を持った二人の子供を私に売った。
彼女の子供でありながら研究所の財産でもあった子供たちを。
そんな彼女の子供が『箱庭』に入ることは許されなかった。
そんなことをしても入ることできないのに彼女は箱庭へのチケットを持つ弟を傷つけた。
無駄なのに。無駄なのに。
彼を傷つけた。
私が関わったから彼は傷ついた。
壊れていく壊れていく。
私が望んだから壊れてく。
ビーの手がそっと私を抱きしめる。
私はいつだって間違った選択しかしない。
それでも、それでも。
彼の夢を叶えたかったのだ。
『彼は君を望んでるんじゃないかなぁ』
電子の、虚構の海でシンセが呟く。
私のせいで彼の命は終わらざるをえなかったのに。
私が望まれるはずはない。
私は誰にも望まれない。
おじいさまにもお母様にも。
だからローズが、デイジーが、彼女たちがいる。
オルテシアの目で彼を見て。
早く外で生きていってと望んだ。
オルテシアが良いのならとオルテシアを調整もした。
『それでいいの? お姫さま』
シンセが静かに問う。
いいに決まってるのに。それ以外の道などないのに。
私に愛される資格も求められることもない。
なのに。
なのに。
どうして私が必要だとあなたは言うの。
それが、あなたの望み?




