選択の扉 よっつめ
「進まなくていい。いらない、だと?」
彼女の声は僕の答えが選択ミスだと言わんばかりに震えている。
どうして彼女はわからない。わかってくれないのか。
そう思うと同時に彼女もまた僕と同じ思いを抱いているのだろうと思う。
『なぜ、わからない』
不理解こそが共通理解。
悔しい。
だけど今、彼女と僕はきっと同じ気持ちに近い。それ自体が嬉しい。
「君のいない世界に望みはない」
それはただの真実。
どうして僕は君を見たのか、どうして僕は君を思い出したのか。
肝心の名前は思い出せないのに。違う。
名前なんかどうでもいいのだ。大事なのは『君』であること。君が君であり僕が求める存在であるという事実。
「その心のまま、進み足掻けるのに?」
小さな君の呟きが愛おしい。
「だから、今、足掻いてる」
わからない?
僕は僕の意志で今、君以外はイラナイと進んでる。
冷静に正気に返ったら後悔するのが『普通』だろうとも思う。
でも、僕は後悔しない。後悔するのはきっと君とのこの時間をとれなかった時だろう。
君を目にし、君に声をかけられた僕に他の少女たちの声はかすみ消えていく。
なんて薄情で酷いんだろう。
ここに至る扉を開けることは次のボタンを押すまでの動力源の遮断。復旧するまでに失われる生命は多いと聞かされた。
自嘲はする。それでも君以外を選べないという気持ちの方が強い。
「君じゃなきゃダメなんだ」
そう。
「世界なんてどうでもいい。ここがなければ滅ぶならそれは本来の流れで、君が失われる必要性はないだろう!?」
わからない。
与えられた情報では何が正しいかなんてわからない。
世界が滅ぶことを回避したい理由はなんだ。
なぜ、世界を守りたいと『彼』は考えたのか。
『彼』には守りたいものがあった。
赤毛の永遠。
『彼』は時の止まった妖精のような君に再び出会えることを望んだ。
そして、その『笑顔』が陰らないように力を欲した。
その君が失われるなら世界に意味はなく、『彼』がその瞬間に抱いた絶望は『姉』による行動ではなく、それを見ていた君が『傷ついた』と感じたから。
彼が『世界』を、『人の生きる世界』を守ろうとしたのは君『が』人を愛していたから。
彼が守りたかったのは世界より君。
彼は僕?
だとしたらどこまでも愚かだ。
欲しかったのは彼女なのに君は彼女を失った。
彼女が計画に手を貸したのはきっと君のため。
君はそれを何となく気がついて喜んでいた。
彼女からの好意を確信して。
伝えなかった。何が、誰が一番大事かを。
きっと、僕もどこまでも間違っていく。
生きることが罪だと言うならすべての命が罪を背負ってる。
わからない。
自分の心も君の心も誰の心も。
「君のいない世界なら滅べばいい」
そんな本音だけが僕の耳に届く。
どんな美しい花よりも僕にとって君は水。そして空気。
「それは、ダメだ。世界が滅ぶのはまだだ。今、再生を目指して生きていく治療中なんだから」
呆れたような君の答えは僕の望むものと、少しずれてる。
僕は君の必要性を説いている。
君は世界の滅びはヨクナイと断ずる。
僕は君がいるなら世界の再生はあるべきだと思っている。そのために君がいなくなることが問題なだけで。
お互いに何かずれてると認識してはいるのか沈黙が落ちる。
お互いにどう伝えていいのかわからない。
「ならそれでいいじゃないか。僕は、僕はただ、君がいない世界はいらない。君がいてこそ世界は世界として成り立つんだ」
ああ、きっと、君の世界と僕の世界はこれ以上なく違ってる。
見えている世界が違う。
「ねぇ、エシル。僕のために生きて」




