選択の扉 みっつめ
「きっと、セカイは救われない」
赤い部屋で少女はけして優しくはない微笑みを浮かべている。
「世界は救われなくても、君と向かい合えて僕は救われる」
青年の低くかすれた言葉が部屋に吸い込まれ、応えはない。
少女がそっとつまさきを床におろす。
ガラスの寝台からこぼれた液体が散り、赤い床に沁みが広がっていく。
「ダメだな。罪深いモノだけが生き残るより、まだ罪を犯していないものが生き延びるべきだ」
少女と青年の距離は縮まることを知らない。
少女はふわりと微笑みを浮かべる。笑っているが凍てついた眼差しはとけない。
「生きれば罪を犯す。おまえも私も罪人。でも、きっとおまえの罪の方が軽いだろう」
青年がきつい表情で少女に歩み寄ろうと踏み込む。
「それはっ!」
「自然の摂理だ。先に生まれたものが先に死んでいく。例外はあれど、あるべき流れ」
反論は冷たく封じられる。
「僕は君の名前を知って呼びたい。君を知りたいから」
それでも自分の望みを欲求を叫ぶ青年を見つめて、少女は緩く微笑みを消さない。
「出てこないものは知らないんだ。おまえはおまえの道を進んでいけ。すべてを知ることなどできないから。これは、ありふれたさよなら。……ねぇ。ありがとう。ここにたどり着いてくれて、私に会いたいと望んでくれて。ありがとう。とてもうれしいんだ。理不尽な私を憎んでいい。私を忘れろ」
忘れろと告げる少女の微笑みは満足そうで、それを見つめる青年の心を追い詰めてゆくばかり。
「どうして、そんなに楽しそうに笑えるの?」
感情がついていけていない青年を見つめる少女は嬉しげで満足そうで。その眼差しにも表現しがたい色が躍る。
「ああ、そう私に感情を注ぐこと、それはおまえに私を刻むことだろう。名前のない不確かな存在であればあるほど、おまえは私から逃れられなくなっていくんだ。これはありふれた心の捕え方。だから、私は同時に望んでいるんだ。おまえが私の束縛から抜け出ることを。そして、それが今のおまえの不幸だと言うのなら、今のおまえは私と共に置いていっていけ」
「体ごと?」
「いいえ。心だけ。おまえは生きて進まなくてはいけないからな」
少女はうまく反応できず繰り返し言いなりぎみの青年の姿に満足そうな笑みを濃くする。
「救われないであろう世界を救うためにも」
青年を笑顔で見つめる少女。
言葉を返せず、ただ息を荒げる青年。
こくんっと唾液を飲み込んだのはどちらか。
「世界なんか救われなくていい。僕の世界はこの目覚めた箱庭だけだから。僕の世界は壊れていく彼女らと君しかない」
息を飲むのはどちらか。
手を震わせているのはどちらか。




