目覚め
「キラはしなきゃいけないことがあるんだ」
名残惜しげにキラは僕から離れる。僕に張り付いていたいのは僕の中にあるというサラを感じていたいから。キラの表情は思い詰めている。
「キラは姉様は姉様じゃなきゃダメなんだ。だから、ニセモノを再生できないようにしないとダメなんだ。キラを知らない姉様なんか認めない」
ひらりと部屋を飛び出していくキラは振り返らない。止める、べきだったような気もする。でも、僕にはこれ以上手が伸ばせなかった。
キラ、僕は、君たちを兄弟と認めることは、できるけれど、……できないんだ。
記憶の中、朗らかに向けられた笑顔。僕がキラとサラの兄弟だったとしたならば、あの笑顔は、僕に向けられたものじゃなくなるのだから……。
照明が破壊され闇に包まれた部屋。
ぺたりぺたりと耳に届く複数の這う音。
どこか焦げる肉の匂い。
「ワタシはおるてしあ」
唐突に現れた短い灰色の髪、緑の瞳の女性がそう名乗る。
彼女は小さな照明を持っていた。うすぼんやりした灯りは彼女を実に青白く見せていた。
オルテシアはずずっと僕を覗き込む。
無言で頷くと周囲に向かって頷いて見せた。
「ここはダメ」
オルテシアの言葉でぐらりとベッドが揺れた。
ぎぃ
トカゲの鳴き声。
「眠りナサイ」
オルテシアと名乗った女性の言葉。
それが意識に残る最後の記憶。
僕は新しい部屋で目覚めた。
揺れるカーテンの向こうからさぁさぁと優しい雨の音が聞こえる。
体を半分起こして、柔らかなピンクを基調にした部屋だと気がついた。
ピンクとブラウン。
柔らかなピンクはこの部屋の本来の持ち主の趣味だろうか?
誰か声をかけてくることはなかった。
一人だった。
僕は息を吐き出す。
身体が眠れば、心はある程度絶望を困惑を削ることがよくわかる。
いや、思考をそこに向けないようにしているのだろう。
夢も見ない眠りだった。
いっそ、すべて忘れることができていればいいのに。
それは叶わない、ようだった。
指が神経質に膝を叩く。指に伝わる感覚が不満だった。僕は、何を想定しているのだろう? 何を叩いているつもりなのだろうか?
すっと薄い板が差し出される。
驚いて見上げれば、そこにいるのはオルテシアだった。
驚きつつも僕は薄い板を受けとり、側面を軽くスライドさせる。
板を叩くと板は発光した。
そのまま、板の上を指が遊ぶ。閃く文字や数字を僕は理解できるようだった。
「食事を」
オルテシアが押してきていたらしいワゴンを示す。
僕の注意を引いたオルテシアは黙々とベッドの上に板をわたす。ベッドから動かず食事が取れるように手配してくれているらしい。
板を横において僕は食事をとる事にした。板に表示されているレポートのタイトルは『箱庭計画』だった。




