鳥の墓
『ぅわああああああああああああああああああああああああ!!』
それは慟哭の咆哮。
僕は呆然と見守るしかできない。
『サラ! サラ! 姉様!!』
混乱し、叫ぶキラに僕はなんの言葉もかけることができない。
僕も急な展開に混乱していた。
パンッと音がして天井照明が砕け散る。
揺らぐ視界が周囲の高温を伝える。
『決めたの』
サラはそう言った。満足そうに。
『私はここがなくなれば生きていけないの。あなたの決断、あなたの進む道の行く末はここの消滅を導く可能性が高いわ。それにずっと考えていたの。生きていけるキラをわたしが縛るのはよくないもの』
意味が、意味がわからなかった。
僕の決断?
僕が進めば彼女を死に招く?
『わたしはおとーとが愛おしい。大切な家族。わたしはわたし。あなたはあなた。あなたはあなたの望む道を。わたしはわたしの望む道を。キラは、キラ自身の道を』
唄うように言葉を紡ぐサラの手が僕の頬を撫でる。
嫌な感覚だけが募って積み重なっていく。
『きれいな目ね。ほんとはね、それキラの目だったわ。鼓動を感じる。キラはあなたを傷つけない。キラはわたしを傷つけられないから。わたしは、おとーとを愛してる。たとえ、望まれたのがあなただけでも。それでも、おとーとはやっぱり愛おしいわ』
ぎゅっとやわらかく抱きしめられる。何を彼女は、言っている?
わからないよ。
理解したくない。
『わたしね。おとーとをはじめて抱きしめることができたわ。このために、ビーの目を盗んだの。どうなるかなんかわからなかった。でもね、時間を動かしたかったの。あたたかいわ。わたしは、……しあわせね』
ふわりと抱擁が解かれる。
『あなたはあなた。迷って悩んでいいのよ。後悔して、考えて、選ぶの。わたしも、……あなたを羨み、憎み続ける道は選べないの。それでも、あなたが心安くいられるようにと配慮してはあげないわ。すべてが綺麗に優しくまとまる世界はないわ。ねぇ。あなたを抱きしめれて、わたしねぇ。嬉しいの。ありがとう』
ふわりと舞うように彼女は回る。
ひらりと翻るワンピースの裾。広がる髪、ばさりと広げられた翼。
赤く染まった翼をサラは抱き込む。
僕は、『やめさせなくては』という思考に支配される。
声を手を伸ばす前にサラが微笑む。
めきり。
きしむ嫌な音が響いた。
サラは泣きながら笑っていた。抱き込んだ翼を引き折りながら笑っていた。
『……キラは、寂しがりやさんだから、抱きしめてあげたかった、……の。わたしにはそれすらできない』
動けない。
僕は見守るしかできない。
理解できなかった。何を言っているのかが。
ばきりと翼が、両翼が引き抜かれる。
赤い血が炎のように散る。
いや、炎に変わった。
蹲るのはキラ。
呆然と自分の腕が掴んでいる、抱き込んでいる赤い翼に視線を落とす。
絶叫。それが何を意味しているのかなんて僕にはわからなかった。
ただ、サラはもう歌えない気がした。
半端に状況を受け入れ錯乱するかのようにサラをただただ呼ぶキラ。
照明が砕けた衝撃に醒めた視線が僕を捕らえた。
『おまえ!!』
その気になって飛び掛ってくるキラの動きは僕の目には捉まえられない。
『どうして! 母も姉様も! おまえを選ぶんだ!? お前なんか最初からいなきゃ良かったのに! キラは、キラとしてだけいなくて良かったんだ! 姉様と同じでいたかったんだ!』
咆哮にしか聞こえない叫び。
胸元にキラの頭を感じる。
ぶつかられた衝撃はなくあたりは優しい密着。
『姉様、姉様。姉様……選ぶなら、おまえを引き裂いておまえの中の姉様を取り出したかった。でなければキラがその身体を奪いたかった』
金茶の瞳が僕を見上げ募るようにせがむように連ねる。
僕は、ふたつの感情に引き裂かれていた。
抱きしめて告げてやりたい気持ちと。
俺がなんであるかの疑問。
僕は僕?
心が痺れ震える。心が麻痺する。
手を動かす。キラを、抱き寄せる。
「サラは、キラを抱きしめたかったんだって。……」
言葉が続けれない。怖い。それでも伝えなきゃいけない。
「キラは、キラだけの道を歩いてほしいんだって」
キラは顔を伏せた。
嗚咽が聞こえる。サラを呼ぶ声が聞こえる。
夢で見た。姉さんは、一人の息子だけを選んだ。
あれが現実なら、その状況を今に当てはめるのなら、この体は『姉さん』の息子。キラとサラはその姉弟。
おかしいだろう?
どうして僕の中で展開されるのは『姉さんの息子』の記憶じゃなく、姉の『弟』としての記憶なんだ?
きっと、この身体の臓器、キラが求めるもの。僕の内に脈打つ心臓がサラのものなのが間違いのない真実なんだろう。
心が麻痺するんだ。
少しだけ、目を逸らしていたいんだ。姉様。




