決意
「泣いてもいいと思うの。わからないってつらいもの」
サラの声は優しい。
「声を、押し殺す必要はないの。あなたは、あなたよ? ウィルでも思い出せない『あなた』でもいいの。迷ってね、迷って悩んで、進んで欲しいの。それがわたしの望みの一つ」
ふわりと微笑むサラの表情になぜかゾクリとした。
「わたしは、おとーとを愛しているの」
ぽふりと肩を抱かれる。片手は繋いだまま。泣いている僕の表情を見ないようにしてくれているのか、ふわりとした髪から花の香り。
「大事なの。わかるかしら?」
わからないとは言えない。家族が大切だという感覚はあったから。
ローズを、デイジーを恋人としては見ることができず、悲しませたのだろうけど、僕にとって、彼女らは守りたい家族だと位置づけされていた。見捨てれば罪悪感でへしゃげるだけじゃないのかと問われれば、頷く可能性は高い。
恋じゃない。唯一じゃない。運命を感じない。でも愛しくて、守りたい家族だと思っていてもいいじゃないか。
わからないなりに罪悪感が生まれる。わからない。理解できないことに、答えを、彼女の望む答えを出せないことに生まれる罪悪感。
罪悪感があるから大事なのか? それに、それは、それだけじゃない。
「だからね。わたし、おとーとには自分が見出せる道を行ってほしい。枷になりたくない。今は枷、だもの」
枷?
確かにキラはサラにべったり依存しているようだった。
キラがサラの枷じゃなく?
「わたしが知ってる枷の外し方はふたぁつ。迷って悩んでいるから、あなたとおしゃべりして決めようと思ったの」
密着が、鼓動が僕を安心させる。
「僕、と……?」
「そうよ。あなたよ。あなたの価値はわからない事にあるの」
「……僕じゃなくてもいいんじゃないかな?」
「ダメよ。あなたでないと。だって、確認してきたんだもの」
確認? して、きた?
「わたしねぇ。あなたがたぶん嫌いだったの。……だった。だからね、今は、嫌いじゃないわよ? おしゃべりしてしまえば、嫌いになれなかったの。だって、とても痛そうで、その痛みを見ないようにしていて、それは、気がついてしまえば、とても見ていて痛いの」
ベッドに寝そべり、肘をついて、サラは語る。ぱたぱたと足が時折ベッドを叩く。僕は語るサラをベッドで座った状態で耳を傾ける。
「痛そう?」
「痛そうだわ。泣くことも笑うことも心には必要よ。……ううん、生まれ出ずる感情で必要のないものはないわ。恨んだり、嫌ったり、憎んだり。その感情を知るから、自制できるの。それに、とてもエネルギーになるのよ。感情のまま、自制せずにいればとても疲れてしまうけれど、その感情を知って自制、転換できれば、とても有益だわ。蓋をしてしまえば、膨らんで募るばかり。だからね。痛みを見ないふりはとても痛そう」
「気が、つかなかったな。……そう、見えるんだ」
見ててくれたんだ。
「だからね、泣いていいのよ? 迷って悩んでいいのよ。だからね。決めたの」
え?
「だからね。迷っても、悩んでも、進むべきを進むことはいいと思うの」
サラは天井を見上げて笑う。
「わたしねぇ。外では生きられないの」
え?
「免疫系がダメだからね。ここでしか生きられないの。でも、キラは違う。わたしは自分の道をおとーとに望むの」
サラが僕に視線を合わせる。
「聞いて。彼女の望むことはビーも望まないわ。それでも、ちゃんと反対することはできないわ。ビーもわたしも。望まないけれど、彼女が望んでいることを否定できないの。あなたがどう選ぶかはあなた次第だわ。でもね、気をつけないと後悔するわね。後悔することがきっとたくさんだわ」
「これ、以上?」
ローズ・デイジー・ヴァイオレット。
たくさんの『トカゲ』と呼ばれる彼女たち。そして、彼女の嘆く声。
サラはふわりと微笑んだ。




