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花の王国  作者: とにあ
鳥の羽下
30/49

風の分岐点




 意味を理解して、音を出すのに時間がかかった。


「僕が、なにか?」


 サラは興味深げに見つめてくる。くるくると毛先が舞い遊んでいる。僕の意識がそれてると思うと、不機嫌そうに答えを急かす。


「そうよ。ウィル。あなたはだぁれ?」


 問われて僕は僕の中を探す。

 答えを。提示すべき僕の答えを。

 考えて、探って、答えは、出せた答えは……。




「お、覚えてない。違う! ないんだ! それなのにある……。だから、だから、わからなくなるんだ! ウィルはデイジーがくれた名前で。元の僕の名前なんか僕は知らない」


 僕はいったい何?

 この疑問はどうしても抜けない。

 ああ。ローズは僕じゃなくて良かったんだと意識が過ぎる。

 違う。

 彼女たちはこうして目覚めた人間に、異性に恋するように生まれているんだ。

 そう、ローズだけじゃない。僕を必要としていないのは。みんな、僕じゃなくても良かったはずなんだ。

 そんな彼女達に対応するにしては、僕は明らかに欠陥品だと僕は僕に評価を下す。そしてそれを受け入れることが出来ない僕もいる。



「そこにあるあなたはどんなあなた?」



 ……ある、僕?

 僕はサラが問うままに、浮かぶ言葉、光景を考えなく音に変換していく。それは、浮かぶ記憶であって、僕ではなかったけれど。僕が思い出せるのはそういうことだった。

「僕が、僕が思い出すのはアスファルトやコンクリート。そそりたつ高層建築。自然公園。学校。電車。高架下を流れる川。会議室。病院施設に大量の本。赤い髪の少女に、ねえさん……」

 ひゅうっ吐息が詰まりそうになる。

 振りかざされた……きょうき。

 排斥される哀しさと道半ばで手折られる絶望。それよりも、僕を見ていた瑠璃色の瞳。

 掛けられたタオルケットを握る手が震える。

 ビーの説明が、そしてヴァイオレットの説明が、正しいのなら、これは陽が届かなくなる前の世界で起こった記憶。

「僕は……」

 息が詰まる。思いもよらない絶望が流れ込んでくる。

 『姉』に拒絶されたことがどこまでも苦しい。

 混ざる。

 『姉』からの拒絶と『彼女』の感情の凍りついていく瞳。

 守りたかった。

 彼女が、姉が、彼女達が嬉しそうに笑っているのが、僕は好きだった。ほどける笑顔が好きだった。

 見せまいとする哀しげな色は見ないフリをした。見ないフリを僕は得意としていたから。

 でも……、それは、僕?

「絶望してる?」

 くすりと笑い声と、その言葉に僕は引き戻される。

 サラが空中に座って僕を見下ろしていた。

「絶望……?」

 何に絶望するというんだろうか?

 わからないことなんかは今更で、ローズとの出会いというスタート時点から生きてさえいれば幸運だという認識はあった。

 哀しいし、つらい。わけがわからなくて怖い。

 それでも、僕の中でそれは絶望、すべての道が見出せないのかといえば違うと思う。

 だから、余計なことを勘ぐってしまう。

「サラは、僕に絶望していてほしいの?」

 僕はどうしてサラに対してこういう見方をするんだろうか?

 サラはきょとんとしてから空中でくるりとターン、くすくすと楽しげに笑う。

「そんなことはないわ。……でも、思うところはあるの。誰にだって望みはあって、それは人それぞれ異なるものだとは思わない?」

 僕が頷けば、サラも満足そうに頷く。

「わたしの望みはね、こうやってあなたとおはなしを進める事で叶うのよ。いくつか望む道がある。あなたの答え次第でどの道を選ぶのか揺れるわ。だから、もう少しおはなししましょう?」

 「ね?」っと、首をかしげて、サラは僕の額に自らの額をコツリとあてる。

 視線は近い。まつげが重なり合いそうなぐらいの接近。サラの手がタオルケットを握り締める僕の指を柔らかくほぐす。

 重なる手のひら、絡められる指は温かくて、絶望はしていないけれど、哀しいわけでもないけれど、僕は、溢れこぼれる涙が止められなかった。




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