告白
館から出て周囲を散策する。
森の中にポツンとある館。
少し行けば、海が見える。そう、ここは島のようだった。
僕は自分が誰なのか思い出せない。
どこから来たのかがわからない。
この館で会うのは二人。
昼のローズと夜の女。
ビーと名乗った彼女にはあれから会っていない。
「ローズ。僕はここにいたいけど、君のそばにいたいわけじゃないんだ」
伝えれば、ローズはその瞳を見開く。
「あ、あら、そうなの? ビーが好き? いつあったのかしら」
戸惑い、それでも言葉を返す。そこで呟かれるのは『誰が好き?』だった。
ここに居たいのは変わらないのだからそうなるかとも思う。
「ビーさんは少しきついけれどいい人だね。いい人って意味では好きだよ。でもそれならローズもだ」
きゅっとスカートの生地を掴む繊細な手。ローズは可愛い。こんな可愛い子に好意を示されたら普通、恋に落ちて、調子に乗ってしまうんじゃないかとも考える。
普通を知るすべはないのだけど。この思考は記憶を失う前の名残だろうか?
他に人に会わない分、過去の自分がわからないという不可思議が些細な幻想の中に織り交ざる。
この状況が不自然だということは理解できるのに、それを証明できないもどかしさ。
「僕には好きなひとがいる」
「思い出せないヒト?」
ローズの問いに僕は頭を振る。
「彼女には此処で、この館で、会ったんだ」
そうここで。
きっと可愛い女性という意味でならローズやビーさんの方がそうだろう。
名前も知らない彼女は恋愛対象として言っていいのかどこか引っかかる相手。
明らかな異種。拒絶すべき、忌避すべきという想いがある。想い? 思考のパターンだろうか?
それでも僕は彼女に惹かれる。
恋なのか、好奇心なのか。
何よりも彼女に惹かれてやまないんだ。
「このやかた、で?」
僕は頷く。
「私でも、ビーでもなく?」
僕はまた頷く。
もしかしたら君は彼女を知らないのではないかとすら思う。
夜の館を捩れた身体でびたり這う存在を。
ぎょろりとした瞳。歪み捩れた体で天井を這う鉄錆の匂いをまとった女。
そんな彼女が僕の心を捕らえて放さない。
そう、告白したならば、君は理解してくれるんだろうか?
女性らしい肉体的な美しさは感じない。
僕が魅せられたのはそこではなかった。受け入れがたいところならいくつもあげられると思う。
鼻につく鉄錆の匂い。気味悪く捩れた四肢ぎょろりとした緑の瞳は眼球が大きくせり出していた。
耳に届くのはずりずりと天井を這う音と時々液体が床をうつ音。そして、ひぅひぅと気味の悪い空気の漏れる音。
吐き気をもよおすほどに受け入れられないのに、僕は毎夜、彼女を見ずにはられないんだ。
「きっと、ローズにはわからないと思う」
ローズの若葉の瞳が見開かれる。彼女の目玉はこんなにキレイじゃない。
「……どうして……?」
感情の震える声は彼女の軋むような空気が抜けるような音とは比べられないぐらい罪悪感を煽る。
それでも、本当にどうして僕の心は彼女に惹きつけられているんだろう?
「ごめん。僕にもわからないんだ」
わかるのは、僕が彼女に恋ができないということ。
ローズ、君を妹のように愛することは出来る気がする。
それでもそれは恋じゃない。
僕がどうして彼女に惹かれるのか、それがわかる日がくればいいのにと、切実にそう感じるよ。
傷ついた表情で君は館へと走る。
それを見送りながら場違いなほど青い空を見上げた。
傷つけたいわけじゃなかった。
ただ、正直に告げることがそうなった。
彼女に恋ができたらきっとこんなに心は痛くなかった。