過去
「何が知りたいのです?」
ベッド脇で治療に使った道具を片付けながらビーは言葉を返す。
「君の名前」
「それ、だけですか?」
問い返されて僕は首を横に振る。
「知りたいことが多すぎてわからない。だから……、君の名を知って、そこから聞きたいことが始まるんだと思うんだ」
そう、ビーという名前を名乗っていたが、略称ではないかと思うのだ。
ヴァリーがヴァイオレットであったように。
「トゥルーブレード」
え?
それは不思議な響きだった。それでもそれがビーの名前?
「それが個体としての名前。それとは別に正式シリアルが存在します。ただ、シリアルは名前ではないそうですので、省きます」
個体? シリアル? 言うなれば、個人じゃないのだろうか?
僕の困惑をよそにビーは僕をまっすぐに見ている。そして、ゆっくり僕の中に言葉が沈むのを待ってから口を開けた。
「わたくしは防壁にして刃。わたくしは守り癒すために存在し、不要なものこそすべて排することが役割。そのために不変なるモノとして造られたのです。わたくしはあなたやローズたちとは異なります。わたくしのうちに鼓動はなく、血は流れてはいません。……かの方はわたくしが答えることを望むでしょう。ならばわたくしには禁じられたことを除き答えるという以外の選択肢はないのです。それが、そう造られたわたくしの在り方です」
言葉を紡ぐ流れは淡々としている。
眼差しは優しくすら感じられる。
ビーが僕の手を取ってビー自身の胸元へあてさせる。
「脈など、鼓動などないのです」
その状況に僕がドキドキして、ビーの鼓動を意識することができない。
ほんのりと柔らかい肌。
そして脈らしきものは感じられない。
「わたくしは機械人形。心も身体も人によって造られた存在。それがわたくしです」
するりと手が解放され距離が生まれる。
僕は必死で情報を噛み砕く。
人型機械。
すんなり理解出来る。
空想上にある未来科学が近ずいたそんな記憶にないニュースが脳裏をよぎる。
ないはずの記憶。
僕は僕を取り戻せないのに僕は僕の覚えていないことを知っている。
見たことも聞いたことも僕の記憶にはないのに当然に感じられる違和感。
この、恐怖感に引きずられれば、なにも、そう、何も問うこともできなくなる気がした。
「ビーは、いつからいるの?」
なんとか絞り出した言葉。
「世界が闇に包まれた百年の数年前からです」
「世界が闇に?」
「はい。大災害が起こりました。太陽光が大地に届かぬ百年間がありました。生態系は大きく崩れ、多くの生物が失われていきました。世界は滅びかけたと言えます」
陽の光がなければ多くの命は生きていけない。シェルターや地下都市、そんなものが実験的に造られたという噂やニュースは記憶の中にある。
箱庭計画。
あらゆる災害を想定した避難施設。
各階層毎に設置された生命維持装置。発電・浄水・酸素を含む空調管理。二階層に一つの自然公園。数階層分、ぶち抜きの生産エリア。それは人以外の生命の保管庫。
健康な個体だけが生き延びる候補として選ばれる。
生命力、生きる強さが求められた。
そんな時代。
ビーの言葉に触発され、脳裏に閃く記憶にない記憶が狂ったように舞い踊る。
そして、世界は再生期。
なされていた準備が足りていなかったのか、上手くいっていないことが、今までの対話から想像できた。
なぜ、それがこんなに悔しく腹立たしいのかが、僕にはわからない。
まだ、まだ混乱に流されてはいけない事だけは解る。




