癒しの時
視界はゆるく滲んでいた。
幻想の向こうにいるようにビーの姿は滲みぼやける。
『大きな損傷はありませんが、念のためです』
気圧差の中、人の会話を盗み聞くような掠れて曖昧な声。
僕は、ビーを見下ろしていた。
言葉を紡ごうとすれば、水泡が視界にあふれた。
状況はわからない。それでも妙な安心感に包まれていた。
『ここは治療槽。組織の回復を促進します。打身すり傷、骨折ならもう充分でしょうね』
体を押しつぶすような重圧。襲いくる寒気。
体を支えきれずへたり込む。
「熱があるようですね。薬を用意します」
淡々とビーが言葉を紡ぐ。
「歩けますか?」
問われて、僕は動けない。
上からかぶせられたガウンはふわふわした素材。ビーの手を借りて移動する。
その世界は薄暗く、青味を帯びた金属質とガラス質に包まれている。
壁面はタイルかブロックを組み上げたようにそう、ダイスの一の部分がこちらを見ているように見える。
壁から受ける威圧感で足が止まる。
「どうしましたか?」
ビーの声に停止した思考が少し動き始める。
「壁が、壁がさ、こわいと感じたんだ」
ビーが壁を見つめるのがわかる。ただの壁面を恐れるのは理解されないだろうと思う。たぶん。
「ココには滅ぶのを否定し、いつか目覚め、再び大地に繁栄することを希望した欲と希望の残滓が保管されていますから。ないはずの執念すら引きずっているのかも知れませんね」
よく見ると丸いガラス窓の下に数字が打たれていた。個別識別。
僕は、壁を見上げた。
数えるには多過ぎるガラス窓。
ここにはそれだけの人がいるのだ。
「ここにいても回復しませんよ」
呆然とする僕の意識をビーは壁から外させ、移動を促す。これ以上迷惑をかけるのは好ましくなかった。
案内されたのは白ベースの部屋。
病室。
そのイメージが浮かぶ。
寝かしつけられ、薬と思われるものを口にする。
「世界は滅んだ、状態?」
言っていて現実感がない。夢の曖昧さでしか僕は世界を知らない。彼女らの意図して伝えたい世界と夢の曖昧さ、それが正しい世界なのかどうかは僕にはわからない。
僕は何一つ自信も確信も持てる環境にない。
「いいえ。世界は滅んでいません。私たちは今、ここに存在します。外の世界も衰退はしていますが、再生に向かっています」
「さい、せい」
「命は過酷な状況でも生き続けます。この星は滅んでいません」
ビーはじっと僕をみてくる。その眼差しに感情があるとしたならば「反論があるならしてみろ」と言う挑戦だろうか?
「あなたの世界はゼロでしょうか? 滅ぶものがなんなのか、指定されない返答はわたくしには答えかねます。わたくしが優先すべき希望。それに反さない答えしか、わたくしには答えかねるのです」
真っ直ぐな眼差し。
ビーの優先する希望。ビーは、『君』を優先する。
花園にいてほしいと言う『君』の希望をビーは望むのだろうか。
僕が、生き延びること。それが君の望みである以上、ビーが故意に騙してくる意味はない、気がする。ただ、嫌われている、可能性も考慮に入れるべきではあるのだろうけど。
疑ってばかりでは、何も手に入れることはできないと、感じるから、僕は聞くべきことを考える。
「ビー、尋ねたら、答えてくれる?」




