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花の王国  作者: とにあ
路傍の菫
24/49

闇に紛れる菫

 世界にはまだ人間が生きている。

 でも、それは限られた空間にだけ。

 ゆっくりと呼吸をする。

 早過ぎる傷の治り。違うのに同じ場所。パネル操作ひとつで窓の外は変化する。所定の場所にいる限り、傷つけることはできないという条件。

 呼ばれたサラは現れず弟が代行して訪れた。

 ヴァイオレットは軽々とキラをあしらう。

 条件さえ間違えなければ、危険はない。

 それは条件さえ揃えば、ヴァイオレットですら、危険であると同意だと感じる。

 でも、きっと大丈夫。

 抜け道を考えていかなくちゃいけないけど、きっと、道スジは見つかる。


 僕は自分が『人間』だと思ってる。

 でもそれが正解かどうかがわからない。

 僕はヴァイオレットやローズ、デイジー、キャリー、サラにキラ、彼女らを『人間』だと認識してる。

 サラは自身を『鳥』だと言ったけれど、それでも、僕は『人間』だと認識している。


「サラは後から来るの?」


 (キラ)だけをこさせて放っておく(サラ)には見えなかった。

 忘れる前の僕の考え方だろうか?

 自信はないのに言葉が溢れる。

 ペロリ。ミルクを舐める仕草。


「会いたいの?」


 じっと感じる居心地の悪くなる視線。


 ふわり赤いラインが見えた。

「キラ!?」

 ヴァイオレットの叱責する声。

 赤いラインは炎だった。

「キラはお前を直接攻撃しない。でも、ここを壊すことはすこーし叱られるだけなんだよ」

 伸ばされるヴァイオレットの手。それはキラによって弾き飛ばされる。


「ヴァリー!」

 僕がヴァイオレットを呼ぶ叫びにかぶるキラの声。

「選ばないのに呼ぶなよ」

 その声は冷たくナイフのように鋭い。

 伸ばしかけた手が震える。

 選ばない。選べない。ただ違うんだと脳が、本能が叫ぶ。

 どの名を聞いて呼んでも違うのだと言う違和感が抜けない。

 脈打つ鼓動の高鳴りを感じない。


 視界を炎が覆う。

 熱い。

 足元が揺れる。

 ヴァイオレットがどこにいるかわからない。

 視線をキラに向ける。

 ミルクのマグカップを持ったまま、キラは僕を見てる。

 敵意はある。嫌悪が見える。


「キラ……?」


 攻撃しているのはキラなのに、嫌悪し、僕を敵視しているはずなのに。

 その表情が泣きそうに傷ついて見えて胸が痛いんだ。


 足場が崩れ、瞬間視界が下がり、キラを見失う。

 金属製の梁。

 見下ろせる下は幾重にも梁と金属の壁。

「ヴァイオレット」

 見える場所に彼女は見えない。

 物陰の闇に、視界の届かない下方に落ちていたら見えないだろう。

 過ぎる思いは僕と関わらなければ傷つかなかったんじゃないかと言うこと。


 不安。


 僕は誰かを傷つけるようにしか動けない?


 傷つけたくなくとも、その手は取れなくて、求めるのは奥に、真実に近づくこと。

「真実ってなぁに?」

 軽やかなサラの声はあまりにも自然に僕自身の声のように届いた。

 外から聞こえたことが不自然に感じるほどに。

 無意識に梁の上でバランスを取ろうとしていた動きを止める。

 ふわりと風が僕を梁の上に腰掛けさせた。

 少し離れた場所でサラは座って微笑んでいた。

「サラ」

 ぶらりとサラの素足が揺れる。

「あなたはただ求められ、返さない。わからないと言って、これは違うと手を出さない」

 柔らかな熱が遠ざかり下方から冷たい風が吹き上がってくる。

「望まれるから、求められるから。それは、他の誰かの意志であなたには関係のないことだわ」

 ことりと首が横に傾けられる。

「サラ」

「なぁに?」

 僕は拳を握り締める。

「ヴァイオレットを、助けて」

 ふわふわとサラは微笑む。あたたかな花のような笑顔。

「いいわよ。あなたを守っている風は消えるけど、ヴァイオレットを助けてあげる。それでもいい?」

 問われ、僕は頷く。

「ねぇ、死んでは、ダメよ?」

 囁くような声が風に運ばれてくる。

「風の守りはなくても死んではダメよ。選ばれたあなたは生きなくてはいけないの」

 それが決まりごととでも言うかのようにサラは僕に言い聞かせてくる。

 風が止み、僕は無音に包まれる。

 サラが何か言っている気がするのに、僕の耳はそれを捉えることができない。




 サラ、君は僕に生きろと言いつつ、なぜ死を望むんだろう。



 頼りない身体を駆使して進む。

 とりそびれ滑る。打ち付ける金属や弾力のあるワイヤーに落ちながら勢いを殺すために必死に手を伸ばす。

 時々、冷たい風がふく。ガラクタと共に落ちた先。

 淡い灯りに紫の花が揺れていた。


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