訪問者
がん!
大きな音と共に部屋に転がり込んできたのは『猫』ぱらぱらとふわついた頭髪から何らかの欠片を払い落とす。
「荒いな。ドアはなんのためについてるのかわかっているのか?」
「んー。防水? いいじゃん、そんなツマンナイこと!」
「いいか、俺が呼んだのはサラだ。キラじゃない」
「いいじゃん。つまんねーことにこだわんなよ」
「つまらなくないんだが……」
僕を無視して口論が始まる。
僕は、ヴァイオレットはこいつに殺されかけたんだ。
なのにヴァイオレットはどうして平然としてるんだ?
ぐるぐると思考が回る。
きろり。
そんな感じで僕を見てきた。
そこにある眼差しは痛いほどの敵意。
鮮やかな笑顔。敵意を隠さない笑顔が向けられる。
「寛いでるじゃん。奥に、急いでたんじゃねーの」
無造作にビスケットを掴んで口に運ぶ。
テーブルのカップを見て不満げに眉間にしわを寄せる。
「のんきに苦い泥水かよ」
マグカップを持ってきたヴァイオレットが小さく笑う。
「悪いな。俺の趣味だ。子猫ちゃんにはほら、ミルクだ」
反抗もせず、当たり前にマグを受け取り、口をつけるさまは無警戒。
「ありがと。……なに見てんだよ」
「いや、その、おまえも寛いでるじゃないか」
言葉はそれしか出なかった。
不思議そうに凝視される。
この瞬間は敵意が消えた。
「だって、おまえ、今、『花』のエリアにいるじゃん。このまま、おまえがヴァイオレットやカメリアたち花を選ぶんなら、キラがおまえを傷つけることは許されねーんだよ。いつでもキラの守備範囲に出てこいよ。切り裂いて魂ゴト焼き殺してやる」
ミルクのマグを片手で軽く揺らしながら言うさまは妙に和めて、それが伝わったのか、むっとした機嫌を損ねた表情すら恐ろしいとは感じなかった。
「ヴァイオレットで手をうっておけばいいんだ」
「おい。妥協の妥協とばかりな提案をするんじゃない」
甘い匂い。
小さな片手鍋をヴァイオレットは持っていた。
よってこようとしたキラを片手で制してキラのマグカップに鍋の中から白い湯気の立つ液体を注ぎ込む。
「おい、飲みすぎだろ」
「ちゃんと冷めんの待つし、キラはやけどなんかしないね。だからちゃんとヴァイオレットは所定量を入れるべきだ」
じっと見つめてヴァイオレットにせがむ様はまさに猫だった。
彼もまた、定められた規則の中で生きている。
向けられる視線に敵意は感じる。それでも彼は僕を傷つけることを許されていない。その環境下にいる以上、僕が物理的に傷つけられる可能性は低いのだという結論が僕から緊張感を奪っていく。
きっと、それは間違っているのだと思う。
情報を伏せられて『知る必要のない』ことを作り出す相手が結局敵なのか、味方なのか、それともそんな尺度で区切るべきでないのかもわからない。
どういきたいのかが決められない以上は他人は敵であり味方。
殺意をこめた敵意を示されていても状況によっては必要な情報を引き出せる可能性は常にあるんだと思う。
キラは敵じゃない。




