滅びの日
ヴァイオレットはあっさり認めた。
「まぁ、可能な範囲で説明するつもりだったんだ。ほら、文明レベルに慄かれたら説明レベルを下げて、さ」
苦笑いして珈琲を啜る。カップを包み込むように持って手を温めるような仕草は妙なギャップ。
そして、僕は知る。
嘘なのか本当なのかわからない。わかりたくない話を。
人の文明は、この星に生きる生命は一度、『ほぼ』滅んだと。
「人間は生き残ってないって?」
僕は、人間じゃない? ヴァイオレット、……は、流れるように脳裏を過ぎるのは異形の女達『トカゲ』の姿。水に消えたデイジー。鳥と自称するサラ。その弟は『子猫』、じゃあいったい何?
「落ち着け。ほぼ。そう言っただろう?」
僕は深呼吸する。そしてヴァイオレットを見つめる。
無言の問いかけにヴァイオレットは苦笑い。それしかしようもないのだと思う。
「生き延びてはいるよ。限られた準備された地下シェルターやらそういうところに。モチロンこの設備にも避難した人間はいる。ただし、遺伝子情報としてと。冷凍睡眠実験を兼ねて、とだ。目覚めた後記憶があるかもわからない」
「僕はそれで起きた?」
「記憶はないようだよな」
珈琲を啜るヴァイオレット。返ってくるのは違う内容の確認で肯定も否定もされない。
きっとルールに触れるから答えられない。
ここで無理に聞き出そうとしたならきっと、それしか知ることができなくなる。
「外に出ることはできなくはない程度に星は再生されていっている。他の人間がどのくらい生き延びているのか、それを確認する術は、少ない」
カップを手の中で揺すりながらヴァイオレットは微笑む。
「そう、少ないんだ。ないわけじゃない。ただ、どんどん確認が取れなくなっていってるのも事実。昔、人の文明が全盛期だったころ。知りたいことは端末ひとつで知ることができた。正しいか偽りかその解釈は多くが使用者に託されていた。過去の話だ」
「かこ」
「そう過去だ。今では蓄積された情報を駆使できる環境が必要で、新たに情報を取得するにも調べるにも手も設備も足りない。通信が繋がるにはその設備が『生きて』なきゃいけない。崩壊のあの日から時の過ぎた今、『生きて』いる設備は僅か、なんだ」
僕は息をのむ。
「『星』は再生を始めている。それでも『外』は人間が生きていくにはまだ過酷な世界。そして、『生きて』いない設備は増えていく。人は、少なくとも『管理』し得る文明レベルを保持している人間の数は激減しているんだ。ただ、多分まだ絶滅はしていない。時々届く設備の声がそれを教えてくれるんだ」
「まってヴァリー」
だってヴァイオレット、君は。
「ああ、外を目指せと教えた。おまえが外を目指せばそれに応じて『箱庭』は陸に近づいただろう。『生きた』設備のある場所に新たな『遺伝子情報』としてのお前を出すことにも意義があるからな。狭い場所では、血が濃くなる。不思議そうだな。一度、生命の寝静まった世界が目覚めなおすには時間がかかるんだよ。そして『生きた』設備同士は遠く、設備の遠くでは人はまだ生きていけない。これが今の世界だ」
じゃあ、僕の役割はそれ?
「この設備、ここは、動いているんだ。崩壊の前からずっと、海の上でひそやかにあり続けた場所。だけど、不特定多数の人を生かすための施設ではないんだよ。ここは」
首をねじる僕にヴァイオレットは微笑む。どこか寂しげに。
「冷凍保存は無限に効力を発揮するわけじゃないんだよ。だから時に再生させて交配や、他要素を取り込ませる。俺達はその役割を担って作り出された。『トカゲ』たちは新たな生きた経験を遺伝子に刻み、保存されたあとの残骸。俺達の寿命は短い。交配しなければ」
え?
「レアは、若い頃に交配し、キャリーを得た。キャリーはいつかどこかの設備のある場所におきざられるだろう。キャリーは間違いなく人間だからな。人間を生み出すことは俺達の役割だ。そしてこの箱庭を維持することも重要な役割だ」
え?
詰め込まれた情報が頭の中でかき混ぜられる。
納得できる情報と混乱を引き起こす情報とが混ざり合いうまく整理できない。
「どこまでが本当だと思う?」
にやにやとヴァイオレットは笑う。
見守る中、立ち上がりカップに珈琲を注ぐ。片手でパネルを操作する。
窓の外の風景が切り替わる。
薄暗い空。
ネオンの銀河が端から消えていく。
崩壊の日の光景か?
でも記憶の中の僕はそう、死んだはずだったんだ。




