目覚め
真っ暗な中、目を覚ます。
手をあげるとぺたりと天井が低かった。
「起きたか」
そっと覗き込んでくるヴァイオレット。何か手元を操作する。
ふわりと暖かな風が全身を包む。
シュウっと音を立ててスライドするなにか。今度伸ばした手はただ空をきり、ヴァイオレットは声を立てて笑う。
「体調は問題ないだろう? 食事にしよう」
差し出されたのは焼菓子と珈琲。
窓から見える風景は澄んだ青空と連なる高い建造物。
「珍しいか?」
「珍しい?」
そんなことは思わなかった。
「僕が住んでいた町も高層建築が多かったよ。……あんなベッドなかったけど、なんだか、映画にでも出てきそうだ。えっと、未来ものとか、SF映画とか……?」
……僕はそんな場所に住んでいた?
くすっとヴァイオレットが笑う。
過去を覚えてない僕の過去話。確かにおかしいのかもしれない。朦朧とした夢の中過ぎった世界はローズのところやデイジー、レアのところで見た光景とは、あまりにも違、う?
違うんだろうか?
ビーに戻れと言われた金属の廊下。管理された電子錠の扉。
レアの館の地下に広がった謎の空間も、ああ、そうか。同じ場所の違う区画に出たんだ。
もしくは、同様の設備がある。
そう言いきるには、ビーが居たんだ。
「ヴァイオレット」
呼びかけるとヴァイオレットが苦笑する。さっきの笑い方とは何かが少し違う。
「ヴァリーと呼べ。……気恥ずかしい、から。でなんだ?」
「うん。ヴァリーはココのことに詳しいよね?」
ちょっとだけ横を向いて何か呟いたようだけど、僕の方を見て肯定をしてくれる。
「そりゃな。ローズともサラともデイジー、レア、あとおまえが会ってないほかの奴のことも、限られるが場所のことだって知っている。……そうだな。俺が流してやれる情報は俺よりサラの方が知っていて、サラよりはるかにビーが知っているということだな。あと、それぞれが特化した保有情報とかもあるがこれの引継ぎがどうなっているのかは、俺は知らない」
はは。そこまでは聞いてないんだけど。
それでも教えてくれたことに頭を下げる。
サラが言ってた。条件が揃ってないって。きっと彼女達にも何らかの制約があるんだ。レアが言ってた守るべき規則が。
「ここは、ひとつの場所だよね? ひとつの施設のいくつかの区画、だよね?」
ぱちり。とヴァイオレットの瞳が見開かれ、次の瞬間、意外そうな表情がとってかわる。
海は広がっていた。歩いていける範囲にデイジーの海はなく、ローズの館もない。遠く見える海上の岩や小さな島。それだって同じものはなかった。
海の生物だって違ったことを知っている。それでも、ここはひとつの場所。箱庭じゃないかと僕に告げる何かがあり、その何かは、ビーの存在。
沈黙が長く感じる。
これは教えてもらえない情報だったんだろうか?
「そうだ。……よく気がついたな。抜けてそうだから気がつくことはないだろうと思ったのに」
心底驚いた表情で答えてくれた。
「え? えっと、間抜けだと思われてた?」
ヴァイオレットは困ったように笑って「違わないだろう?」と肯定したのだ。




