死の炎
ぼたぼたと僕の上になまあたたかい液体がふりそそぐ。
色は、わからない。
音は、彼女たちの鳴き声で何も聞こえない。
ヴァリーの髪が僕に触れてる。そのヴァリー越しに琥珀色の目と視線が絡む。縦長のぎょろりとした赤黄色の瞳と毛並み。その前肢はヴァリーの背に消えている。
『燃え尽きてしまえ』
うぅうぉうっと低く響く唸り声に紛れて言葉が聞こえた。
畏縮する。ここで僕は終わるのだろうか? ルールを気が付かず逸脱したペナルティ? それとも、コレは対価を払っていないから?
熱いぐらいの温度。彼女たちが捩れた身体をより捩じらせて鳴き叫ぶ。
ぎぃぎぃぎこちない悲鳴が夏のセミのように続く。
「燃やしっ……て、みるといい。サラが悲しむだろうけど、なっ」
途切れつつも嗤いを含めヴァリーがその『猫』に告げる。
ばたりとかかる液体の量が増える。
「ヴァリーっ! ヴァイオレット! 喋ったら血が多く溢れる!」
僕の声はほとんど悲鳴だった。
それなのにヴァイオレットは笑う。
「だーいじょうぶ。ちゃーんと貴方がくれたお返しをっするから」
僕をなだめるようにヴァイオレットは囁いて、咽せ込む。
空気が、熱気が……動く。
ぐらり傾ぐヴァイオレットの体。
『黙れ。何もできやしないくせに! 姉様を弄んだのか!!』
思ったより遥かに軽いヴァイオレットの体。僕はどんどん考える能力が欠落していくのを感じる。
ヴァイオレットを対価に助かるなんて、もう、ダメだ。
「ダメだ! ヴァイオレットが命を投げ出しちゃいけないんだ!」
僕はぬめる手でヴァイオレットを抱きとめる。
どうやったらこの血は止まるのか。血が流れすぎたらきっとヴァイオレットは死んでしまう。
『ヒドイ……男だな。ヴァイオレットを恋人に選ぶつもりもないのだろ?』
少しの沈黙のあと、猫がぽつっと言った。
「バカだね。関係ないさ。俺は、おれは、望みを、かなえてもらった、んだ。この満足感が、たとえ組み込まれたいつわりでもおれはみたされ、てるんだ。わからないだろう? ぼうや」
僕が猫の言葉に何かを思う前にヴァイオレットが血をこぼしながら言葉を紡ぐ。満足げな声が、僕自身の無力感をよりつのらせる。でも、ヴァイオレットを選べない。ローズやデイジーを選べないように。
『お前、なんか、お前らなんか、嫌いだ。焼き尽きてしまえ!!』
癇癪を起こしたかのような猫の声。
ぎゅっとヴァイオレットが僕を奥へと押し込む。捩れた細く堅いものがずりずりと優しく包むかのようにずれていく。焼かれていきながら彼女たちは僕を守ろうとしてくれているようにすら感じる。
「キラ! お前は飛べるのか!? おまえが傷つけばサラは悲しむだろう。おまえを癒すために命をかけるだろう! お前はこの底を知っているか?」
『底? っ! 騙されないぞ! 命乞いなど聞かない! お前らなんか大っ嫌いだ!』
周囲の熱が急速に上がっていく。まるで猫の感情に引き摺られるように。
「身を縮めて、熱の影響を小さくして落下に備えて大きく、息を吸って合図したら止めろよ?」
耳元に囁かれる言葉。
僕は何が起こるのかついていけなかった。
「すって、」
『焼き尽くされろ!!』
「とめろ」
一呼吸。
ヴァイオレットは血をしぶかせながら身体を起こす。
大きく哄笑を響かせながら。
「あははは!! バカなぼうや。この底は熱で熔ける! そしてその下は水さ!」
『なっ!?』
「火を操るぼうやは水はダメなんだろう? サラは悲しむだろうな!」
熱がひくと思った次の瞬間、僕の視界はにじむ。
音が遠ざかる。
必死でヴァイオレットを放さないように掴もうとするのに手から力が抜け落ちる。
視界は赤黒い液体で何も見えはしなかった。