惑い水
「どこから来たの」
それは何気ない言葉。
でも、意識を取り戻してから、目覚めてから、はじめて向けられた言葉。
誰も、『何処から来た』とは聞いてこなかったのだ。
まるで、それは予定調和のように僕を彼女らの世界に受け入れた。
どこから。
僕はどこから、どこへ来たんだろう。
ココはどこだろうとは思ったけれど、僕は自分がどこから来たのか、どこに居たのかなんて考えただろうか?
「鍵が、無ければ奥には行けないの」
足元の白と黄色でできている水仙を手折って、サラはくぅるり回して弄ぶ。その動きに合わせてふわふわと桜の花が不自然に弧を描く。
「サラはその鍵を持ってる?」
僕の問いかけにサラは楽しげな表情で花びらが大量に浮いた水を掛けてくる。
「持っていないと思うわ。行こうなんて思ったことはないもの。綺麗になったのなら、一緒にお茶でもいかが?」
思う?
確実性のない答え。奥へ至る鍵。笑顔で差し出される手。
僕の体はびしょ濡れで、血は残らず洗い流されていた。
「ゆっくり、どんなところから来たのか、教えてちょうだい。そして、どこに行きたいの?」
期待に応えられない。僕は答えを持っていないから。
「僕は、僕は彼女の元に行きたいんだ」
「どうして?」
どうして?
気になるから。
それにそこに行けばきっと、
「真実に出会えると思うんだ」
君の声。
「真実?」
サラが不思議そうに首を傾げる。その仕草はまさに小鳥なんだろうと思う。
「そう。真実。僕が、ここに居る理由」
「存在することに理由がいるの?」
サラの瞳が、顔が、体が、近かった。
「存在するから、わたしたちは存在するの。わたしは外を知らない。わたしたちは、異端で異質だから」
トンッと軽く押される。水の上で翼を広げた少女は軽やかに水を蹴る。ひらり舞うワンピース。舞う桜の花。
翼が純白なら天使が降りてきたと信じた気がする。
「わたしは異質?」
ジィっと僕を見つめる眼差し。
答えられない質問だった。
「きっと、ここにおいては、僕が異質で異端なんだ」
わからない。答えることができないことがひどくもどかしかった。
もどかしい。
やるせない。
だから、たどり着かなきゃいけないんだ。
僕はどこから来て、どこにいきたいのか。
「それを変えるために真実がほしいの? 何を踏み越えても?」