極楽鳥花の囀り
「困ったことね。ビー」
罪悪感を煽るような微苦笑。
「レア」
しゅすりと柔らかな衣擦れの音。
「ウィルさん、お立ちくださいな」
彼女のその声で僕は、座り込んだままなのに気がついた。
慌てて立ち上がる。
彼女を求めて振り返れば、そこに痕跡はなかった。
ほんのりと漂う鉄錆のすえた臭い。視界からは濡れた赤すら消えていた。
「あ」
「トカゲは、トカゲとしてあるべき場所にありますわ。彼女らは人ではないのですから」
喪失のショックを感じる自由さえないとばかりに言葉を紡ぐレア。
それは事実かもしれない。それでも、
「でも!」
「秩序を乱せば罰せられるのですよ。彼女らはそれを維持する為にいるのです。それがここでの秩序。貴方は、それを崩す結果をちゃんと負えるのですか?」
淡々と綴られる言葉は単なる事実ほどの重さしかない。
「結果?」
「行動には常に責任が伴うものです。自由気儘に生きても構いません。しかし、それが許されるのは秩序から逸脱していないからに過ぎないのですよ」
「秩序」
「此処にはココの秩序がありますわ。そして、違う場所には違う秩序が。」
じっと見つめられる。
「貴方に、壊した結果を負えるのですか?」
唐突に闇。
かしゃんと音がして灯りが消えた。
驚く僕を引く手は小さい。
僕はまた、逃げていた。
僕はいつだって逃げている。
でも、強がって見せる君を見捨ててはいけないんだ。
おおらかに優しい君を見ているのが好きなんだ。
いつだって君は規律とルールを重んじる。そんな君のそばに居たいんだ。
君は、いつだって、我儘だ。
一人で大丈夫。
そう、笑う君のそばに居たいんだ。
僕を追い払おうと振る舞う君の瞳に過る縋る色。僕の願望? それとも真実?
妄想と空想と現実の極彩色の迷路。
君を意味する言葉が出てこない。君の姿は浮かばない。
ガタンガタンと耳を打つ電車の走行音が脳を締め付ける。息がつまる。胸が痛い。意味なく、苦しい。
君じゃない君。
君は君で、君じゃない。
僕は、僕で、僕じゃない。
僕は小さな手を握る。
「キャリー、どうすれば、奥に行ける?」
ココにはここの秩序。
僕の心が綻んでいく。
ここに生きる君に秩序を乱せと唆す僕は君にとっての悪だろう。
「奥?」
「そう、奥」
「ここから出るんじゃないの?」
そう、出たい。この不明瞭な迷宮から真実へ向かいたい。
だから、奥なんだ。秘密は最奥に隠されている。そこが出口なんだ。
たとえ、命の終わりという出口であっても。
僕を引く手が、ふっと軽くなった。
ぽつぽつと周囲に光が灯る。
キャリーの肘から先がなくなっていた。
そこにはただ、鉄錆に似た液体が少しばかり残っていた。
ぼとりと小さな手が床に赤い模様を描く。
何処かから悲鳴が聞こえる気がする。
がんがんと酷い耳鳴りがする。
それでも、それでも。
進まなくてはいけない。
僕はこの迷宮を抜けて、知らなくてはいけないんだ。
僕が、
何を知るべきかを。