嘆願
「ローズ?」
ビーが不審げに眉をひそめながら、僕を壁からゆっくりと引き離してゆく。
「ローズ、なんだ。彼女は!」
理解されていないもどかしさが僕の声を荒い、ローズから引き離されて彼女の安否を確認が遠くなる状況が僕の心を切羽詰まるものへと変えていく。
ビーの眼差しはまるで、僕を哀れむようで、そっと赤い壁の先を見据える。
「あの、生物を、『ローズ』と呼ぶのですか?」
何かを言い聞かせるように区切られる言葉。
「だって、ローズなんだ!」
なぜ、そう感じるかなんて理由はわからない。でも、彼女はローズだったんだ。
ビーがそれを否定するのがわからない。
あんなに血が出ていた。あの目を焼くような光はなんだったのかとも思う。
かわいい娘だった。恋の対象じゃないけれど、いなくなってほしい。死んでほしいなんて思っていない。
「数度にわたって殺されかけたのに?」
「それが、……それが、なんだって言うんだよ!」
ローズがそこでどうして傷つく必要が出てくるんだよ?
助けてやれないのかよ?
じっと見下ろしてくるビーの表情からは感情が読み取れない。
沈黙が苦しい。
「デイジーを傷つけたんですよ。……ローズが」
ローズがデイジーを?
いや、その状況を僕は知っている。
ローズが鉈をデイジーに振り下ろすところを見たんだ。
ビーが静かに僕を見ている。それは観察するような機械的な眼差し。
その眼差しは沈黙は、ひどく居心地が悪いもの。狂ってしまいそうなほどに。
「残酷ですね」
え?
「ざんこく?」
なぜ、そんなことを言われたのかわからない。あの状況ではなく、その言葉は僕に向けられていた。
「希望に続くことのない優しさは残酷です。ローズの心には応えられないのでしょう?」
「……あ……」
言葉の重さと意味が脳にじとり粘りつくように染み込んでくる。
それでも、
「僕は、ローズに傷ついてほしいとは思わないんだ!」
叫ぶしかできない。
僕は、…………どこまでも無力だ。
ぶぉんと耳の奥が膨張するような錯覚。小さな音が轟音のように聞こえてくる。
まるで電車がトンネルを抜けるような不愉快な気圧差。
……電車が、トンネルを……?
電車?
暗闇に浮かぶたくさんの光点。
過る風景はここにはない風景。
内臓がかき混ぜられるような不愉快感。こめかみに滲む汗。
かしゃんと軽い金属の落ちる音がやたら遠くで聞こえた。
『ソレガ、ノゾミ?』
緑の目。捩れた身体。彼女がいた。