噂と実状⑥
教会の誰もいない奥の一室で、レナはまた着替えをしていた。
今度は侍女の制服から、修道女が着る白いブラウスと黒いワンピースだ。
すっきりしたデザインは動きやすく実用的で、城で着ているドレスなんかよりもよっぽどいいと思う。
そそくさと着替えを済ませたレナは、そのまま礼拝堂に足を運ぶ。
まもなく昼になろうという時間の今は、さすがに誰もいなかった。
正面に置かれた母なる女神を模した石像に、天窓から差し込む光が当てられているこの空間はひどく神聖だ。
女神を前に膝を折り、レナはしばし祈りを捧げる。
やがて顔をあげたレナは、窓の外に視線を向けた。
この教会の建物に続くように増設されたそれは、孤児院だ。
いつもなら子供たちの声が聞こえてくるのだが、今はまったく聞こえない。
ちょうど昼食の時間なのだろう。
今日はどんな授業をしようか、そんなことを考えながらレナは孤児院のほうに歩きだす。
案の定、ちょうど昼食時だったようだ。
食堂をこっそり覗いたら、ここで暮らす子供たちが行儀よく座って食事をしていた。
まだ一人で食べられない子には、年長の子がそばについて世話を焼いている。
邪魔してはいけないと、レナはその場をそっと離れ、いつも授業で使う講堂に向かう。
板張りの廊下は、レナが歩くたびに少し軋む。
ふとさっきの食事の場面が浮かんで、なんだか少し羨ましくなった。
王城に上がってから、レナの食事はほとんど一人だ。
他の王族貴族たちとの会食は何度もあったけれど、お世辞や自慢ばかりが話題に上って食事を楽しむどころではない。
温かい雰囲気など微塵もなく、いつだって湿ったようなどろりとした雰囲気だ。
必要以上の香水と化粧の香りに、食欲など起こるわけもない。
つくづく自分は、あの王城で繰り広げられる毎日は合わないのだと思う。
贅沢など好きではない。必要以上の物もいらない。
穏やかで地味な生活が好きだ。静かに暮らしたい。
それでも耐えねばならない現実には、奥歯を噛みしめるしかなかった。
必ずあの生活から抜け出してみせる、今はまだ弱音を吐きそうになる自分を叱咤して前に進むしかないのだ。
半刻ほど経って、レナのいる講堂に向かってくる足音が聞こえてくる。
一人や二人ではない多さから、食事が終わって皆がこちらに向かってきているのだと察した。
頃合いを見計らって、神父がレナが来ていると子供たちに伝えたのだろう。
「レナさまー!」
癖っ毛の栗毛を揺らして、一番手に顔を出したのはルーフという少年。年はまだ6つだ。
元気よくこちらに走ってきて、そのままレナに飛びつく。
もともと母子家庭だったというルーフは、レナに母親を重ねているようでとてもよく懐いている。
そんなルーフに続けといわんばかりに、講堂に入ってきた子どもたちはレナのもとに集まってきた。
「ルーフずるい!!」
「こんにちはレナ様! 今日はいつまでいれるの?」
「レナさまー、今日はどんなお勉強するの?」
「みてみて!ちゃんと宿題やったんだよー!」
それぞれに言葉をかけてくる子供たちに、嬉しいながらも少し困ったように微笑む。
「待ってちょうだい。わたくしの二つの耳では、こんなにたくさんの会話はきちんと整理できないの。みんな一度、席についてくれる? 一人一人とお話がしたいわ。授業は全員とのおしゃべりが終わってから始めましょう」
にっこりと笑ってそういえば、子供たちは大きな返事とともに各々の席に座り始めた。
子供たちから向けられる視線からは、レナとおしゃべりできる嬉しさが見てとれる。
必要としてくれてるんだと、溢れそうになる温かさを感じていた。
無論これもレナの――レオナの秘密の一つ。
レナという名で城下町にあるこの孤児院で、彼らの教鞭をとっている。
最初に彼女がこの教会にやってきた理由は別だったが、そのとき少し子供たちに勉強を教えたのがきっかけになって、今では公務がない日や空いた時間を使って足を運ぶまでになっていた。
もちろんこの穏やかな休息こそも、なんとか【側室レオナ・フライト】を演じ続けられる理由の一つだとレオナは自覚している。