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噂の側室  作者: ジグマ
本編
6/48

噂と実状④

午前中の公務はあっという間に終わり、国王との会話もそこそこにレオナは自室に戻った。

帰りを迎えてくれた侍女には、

「少し気分が悪いからしばらく休みます。昼食も用意しなくていいわ」

といって下がらせ今は一人だ。


午後の公務は、ディナーを交える他国との交流目的の夜会が一つある。

けれどそれまでは自由だったと記憶している。


「それじゃあ公務まで数時間、【側室のレオナ・フライト】はおやすみね」


躊躇いなく真珠をあしらった髪留めを外せば、見事に結い上げられていた黒髪はあっけなくレオナの肩を覆った。

髪留めをドレッサーに置いて、今度はクローゼットを開ける。5着しかないドレスで隠すようにしまわれていた少し大き目の箱を取り出した。

近くのテーブルにそれを置いて、蓋をあける。


そこには今レオナが着ているドレスとは素材から違う、簡素で地味なその衣服とその一式。

離宮で働く侍女の制服が入っていた。


これは誰にも知られてはいけないレオナの秘密だった。

毎朝彼女が自ら衣装を選ぶのもこのためだ、この箱の存在を侍女に知られてはならない。

無論この側室としては少なすぎる衣装の数も知られてはならない。



レオナは器用に着ていたドレスを脱ぐと、箱にしまわれていた衣装に着替え始める。

ドレスとは違い簡素な作りゆえ、一人でも簡単に着こなせる。

飾り気がないグレーのブラウスに、黒のベスト。裾に少し刺繍の入ったひざ丈の黒いスカートに、黒いタイツ。デザインよりも実用性を重視した皮靴はとても歩きやすい。

最後に邪魔にならないよう髪を簡単に編み込み、白いエプロンをすれば完璧だ。


ドレッサーの隣に置かれている姿鏡で、一応その姿をチェックする。

と、化粧を落とすのを忘れていた。

部屋に続く洗面所で、いつも以上に綺麗な仕上がりを頼んだ化粧をためらいもなく落とす。


近くのタオルを手にとって顔を拭けば、もう妖艶な笑みと化粧で他者を惑わすようなレオナはいなかった。

あるのは作られた側室のレオナではなく、ただのレオナの――年相応の純粋に愛らしい――顔。


さすがにすっぴんでは天気のいい今日は日差しが強いので、化粧水と乳液をなじませる。

唇にはほんのり色のついたリップクリームを塗ればもう十分だった。


すっかり侍女に化けたレオナは、辺りを見回してから自室を出る。

足早に部屋を離れて、まずは調理場に向かった。





そろそろ昼食の支度がはじまるのだろうか、調理場は少しあわただしかった。


「おはようございます、スレイさん」

「お、どうしたレナ。またレオナ様からのお使いか?」


カウンター越しに厨房をのぞけば、すっかり顔なじみになったコックがいた。

スレイという名のコックは、野獣のように大柄の男だった。年は50を過ぎたあたりくらいだろうか。

ボールでなにやらかき混ぜながら、スレイはレオナ――もといレナのところまでやってきた。


「はい、昨日お願いしておいたクッキーを受け取りに参りました」

「ああ! あれな、用意できてるぞ。ちょっと待ってろ」


抱えていたボールを調理台に置くと、スレイは奥に姿を消した。

しばらくして戻ってきた彼の右手には、木のツルで編まれた大きめのバスケットが、左手には数枚のクッキーが乗った白い皿があった。

うち差し出されたバスケットをレナは受け取る。


「ほれ、これだ」

「ありがとうございます」

「んで、これはお前さんの分だ」

「え?」


数枚のクッキーが乗った皿も差し出された。

目を丸くするばかりのレナに、スレイは笑いかける。


「甘いもの好きだろう? 顔がにやけとる」


スレイの言葉に、レナは反射的に自分の顔に手をやってみる。

けれど分かるわけもない。

なんだか恥ずかしいと俯いたレナに、笑いながらスレイはお茶を出す。


「少しくらい時間あるだろう? 御側室様の派手なお茶会とは天の地の差だろうが、食う間は息抜きしていけ」

「それじゃあ少しだけ…。それと一つ訂正させていただきます、わたくしはこういった雰囲気のほうが好みです」

「こんなおっさんと茶してもつまらんだろうが」

「無理に着飾った堅苦しいところよりも、気楽でいいと思いますわ」


にっこり笑って、クッキーを一つ頬張る。

プレインとココアのマーブルクッキーは、バターの甘さとカカオのほろ苦さが絶妙だ。

淹れてもらった紅茶も最高級茶葉とは違うが、優しい味はほっとする。

ついつい手の進むレナを、スレイは満足そうに見ていた。


ふとそんなレナの手が止まる。


「あ…スレイさん、一つレオナ様から言付けを承って参りました」

「おう、なんだ?」

「明日の昼食はまた10人前お願いしたいそうです」

「了解~」

「よろしくお願いします」


それにしても、とスレイが首をかしげる。

野獣のような巨体の彼が顎に手を当てて考える仕草は、その見た目と違いとても可愛らしい。

くすりと笑うレナに気がつくこともなく、スレイはさらに呟く。


「あの細いレオナ様のどこに、そんだけ入るんだかなあ…」

「あら、それでもまだ足りないこともある、とおっしゃっておられましたわ」

「まじかよ、俺よりすげえ腹なんだな」


自ら腹を揺するスレイの仕草に、今度は声を出して笑ってしまった。

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