噂と実状③
ただいま午前8時30分。
午前中に予定されている、レオナの公務は9時から約1時間ほどだ。
その内容は謁見の間にて国民――そのほとんどは貴族だが――からのさまざまな要望、要請を聞くこと。
この公務は週7日のうち6日行われていて、国王と王妃――現国王にはまだ王妃がいないため側室――が出席するのが決まりだ。
ちなみに離宮に暮らす側室はちょうど6人いるので、毎日ローテーションでこの公務をこなしている。
今日はレオナが国王とその公務をこなす日だった。
すっかり身支度を整えたレオナは、落ち着かない様子で自室をうろうろ歩き回る。
レオナ本人選んだ純白のドレスは、見事に彼女の魅力をこれ以上なく引き出していた。
真珠とレースをあしらった髪飾りは、彼女の緩やかに波打つ黒髪を品よくまとめ上げている。
細く白い首筋には、大粒のラピスラズリが輝く繊細な作りのチョーカー。
目鼻立ちがすっきりとしているレオナの顔は、化粧を乗せることでさらに美しさが増していた。
傍には侍女が控えていて、そんなレオナを不躾にならない程度に見遣っている。
が、あまりのその様子を見兼ねたのか、侍女は口を開いた。
「…ハーブティーでも淹れましょうか?」
それは暗に『いい加減に見苦しい、落ち着きなさい』と示す言葉に違いない。
このフォレスタは、自然の多さや資源の豊富さだけではなく、教育体制も整った非常に安定した国だ。
男女問わず最低限の教育――読み書きは義務として、町の教会や修道院にて無償で受けられる。
そんな秩序や情緒を重んじるこの国では、知性あふれる女性が男性に好まれるのは必然というべきか。
寡黙ながらも臣下から信望される、現国王の女性の趣味もそうであろうともっぱらの噂だ。
着飾ることをなによりも気にし、おつむが弱い娘などもってのほか。
けれどレオナは、そんなことには気づいていないというふうに侍女に眩しいくらいの笑顔を向ける。
「いいえ、けっこうよ。ああ、陛下にお会いできるそのときが待ち遠しいわ」
侍女はもうなにも言わず、主に気がつかれないように嘆息するばかりだった。
結局レオナは、公務までまだ20分もあるというのに謁見の間に出向いた。
今にも飛び立ちそうな、傍から見ても浮かれた彼女の足取りは、淑女というにはまだ早い幼い娘のようだ。
仮にも側室の一人であるのにと、すれ違ったメイドや大臣たちは表面上は挨拶こそするが、内心は彼女を笑うばかりだった。
あとこの空中廊下を進み、階段を下りれば謁見の間だというところで、向かいから国王が歩いてくるのが見えた。
背後に宰相たちを引き連れて、なにやら話しながら歩いている。
やがてレオナに気がついたようで、国王は足を止めれば続いていた臣下たちもその歩みを止めた。
一週間ぶりに会った国王は、記憶の中のものと寸分違わぬものだった。
年はたしか24になると記憶しているが、正直とても年相応とはいえないと思う。
むろん精悍な顔立ちは非常に男性的で、魅力的だとは認めざるを得ないが。
きっと国王ならではの圧倒的な威厳が強すぎるのだ。
落ち着いた風格はとても20代のものとは思えず、加えて寡黙な態度がさらに年齢を引き上げているのだろう。
色素の抜けたような亜麻色の髪と金緑の瞳は、若干その印象を和らげてはいるようだが、あまり効果はないようだった。
「おはようございます、陛下」
レオナは妖艶な笑みを浮かべて、国王に走り寄る。
細い腕を広げて柔らかく抱きしめ、自分より頭一つ背の高い国王を、彼女は熱を帯びた瞳で見上げた。
国王の後ろに控えた宰相らが、レオナの態度に眉をひそめる。
「人前で、しかもただの側室の一人がそのような態度はいかがなものか…」といわんばかりだった。
レオナはそんな彼らにすら、どことなく勝ち誇ったような笑みを返し、国王に這わせた腕にさらに力を込める。
「お会いしとうございました」
国王はなにも言うわけでもなく、形式的にそっとレオナの抱擁を返すだけだった。