吐露、のち懺悔③
一日のうちで、午前中が一番好きだ。朝方の少し冷たく荘厳な雰囲気と、午後の明るく陽気な雰囲気が入り交じったような、なんともいえない半端さが心地いい。
なにより日差しがあまり強すぎないのも助かる。今まで暮らしていた北の地方は、とくにレオナが暮らしていた村辺りは曇っていることが多く、王都ではごく普通の午後の日差しがなかなか苦痛だったりする。
王城と離宮を繋ぐ大廊下は、そんな柔らかな日差しを規則正しく並んだ大窓からたっぷりと吸い込んでいる。窓の外に広がるのは、先々代の王妃が作った見事な中庭。専属の庭師が4人で世話をしており、枯れた草木は見当たらない。
その大廊下を、レオナはミラルダとともに歩いている。これから王都の教会へと向かう彼女らが身につけているのは、城の侍女服。あくまでお忍びでの来訪、ということが考慮された結果である。
連れ立って歩く二人の手には、大きなバスケットが1ずつ。これから行く教会に併設されている孤児院の子供たちへの土産だ。
つい数刻前に、レオナの護衛として紹介されたばかりのミラルダだが、こんな現状に文句一つ言わない。あくまで護衛することが仕事だろうに、わざわざレオナに合わせてくれているのだと思えばなんだか申し訳なかった。
そしてもはや一人では出歩くことができない息苦しいこの現状の、その象徴といわんばかりのミラルダにレオナは静かに視線を送る。予想外にそのミラルダと視線がぶつかってしまった。
「……何か?」
「い、いえ…」
ミラルダは至極にこやかに問うてきたが、まさか視線が合うと思わなかったレオナは驚いた。驚いて少し俯きがちになる。訪れる気まずさに、何かいい話題はないかと模索。
「ミラルダ様は——…」
「ミラルダ、と。お呼びください、レオナ様」
「…すみません」
いきなり出端をくじかれて、俯く角度が増す。そんなレオナを見かねたミラルダは苦笑。
「謝っていただくことでもありません」
「…その、すみません」
「先ほど言いかけた、レオナ様の言葉を続けてくださいませんか?」
「あ、はい。あの、ミラルダ……」
「はい」
「どうして軍に、所属していらっしゃるのかなと、思いまして…」
他意などなかった。ただ疑問に思っただけだった。
田舎出身のレオナとて、国軍が存在することは知っていた。けれど男性のほうがよっぽど多かったはずで、そもそも女性が軍属などあまり聞く話ではない。とくにミラルダは一般人とはいえない、ということにはとっくに気がついていた。
「ミラルダは貴族様でいらっしゃいましょう?」
その証拠がミドルネームだった。一般人はファミリーネームのみだが、貴族は違う。最低ミドルネームが入る。
紹介時にミラルダが名乗った名は『ミラルダ・フォン・アイゼンべルグ』。彼女はれっきとした貴族なのだ。ただでさえ一般人の女性ですら軍人になることは稀だというのに、貴族にいたってはむしろ有り得ないというレベルではなかろうか。
けれどそこで、レオナは己の発言にはっとする。
他愛ない世間話のつもりだったが、よくよく考えてみれば何か事情があったのやもしれない。それこそ、他者には知られたくないような何かがあったとしたら、あまりにも軽率な発言だったといわざるをえない。
返されたミラルダの表情は少し驚いていて、やはり失言だったと自己嫌悪。
「すみません、出過ぎたことを…」
「いえ、そんなことはありません。ただ……」
いったん言葉を切り、ミラルダは苦笑する。
「理由を聞かれたことなどなかったもので」
「そう、なんですか?」
思わぬミラルダの言葉に、レオナは目を丸くする。
「この国は古くからある国です。昔は女が軍に所属することなどなかったように、今でも否定的な方が多いのです。特に王族や貴族といった、上のほうにいる人間にはその傾向が強く、批判こそされど、理由を聞かれることはありませんでした」
「そ、そうなんですか」
「ですから少しだけ、驚きました」
やんわりとミラルダはいったが、実際はもっとひどかったに違いない。そう思った。
レオナ自身もそうだったからだ。蔑まれたり、辛辣な言葉を吐かれたりすることなど、さして王城では珍しくもない。たとえ相手が貴族であろうと、それが表立ってではなくなっただけの話。裏では身分など関係なく、言いたい放題いう輩は必ずいるのだ。
けれどそこまで考えて、また新たな疑問が湧いてきた。
どうして彼女は、それでも軍人として国に仕えているのだろうか。
「微力ながら、陛下のお役に立ちたかったのです」
まるでレオナの感情を読んだかのように、ミラルダは的確に言葉を投げてきた。
「クライスト陛下の、ですか?」
「はい。陛下のため、ひいては陛下が治める国のため」
「国の……」
「その礎になろうとも、本望だと思っております」
何を思っているのか、どこか照れながらも堂々とそう言うミラルダはとても美しかった。それは彼女の中性的な見目麗しさもあっただろうし、目標を持って生きているということもあっただろう。羨ましいとさえ思えるほど力強さが、ミラルダにはあった。
対して、自分には何もない。生気溢れる美しさもなければ、凛とした生き方も微塵もできていない。気づきたくないことに気づかされてしまう。
自分から切り出した話題だというのに、レオナは今となってなんとなく気分が沈む。いろんな気持ちが綯い交ぜになって、はっきりとした原因は分からないのがせめてもの救いだと思った。
すべて暴いてしまえば、奥底で覚醒し始めそうな不必要な感情を自覚させられてしまいそうで怖かった。