吐露、のち懺悔②
マリーが何を思って、この心を澄んでいると評価したのかは分からない。
分かるのは上辺だけを評価されたのだということだけだ。実際は澄んでいるとはとても言い難い、黒く煤汚れているこの心。
クライストの内面を知っても、それを否定する気にならなかったのはきっとそのせいだ。
確かに彼に望まれることも、それゆえに王妃に仕立て上げられそうになっているこの現状も喜ばしいこととはいえないが、クライスト自身も歪んでいるといった内面自体は分かる気がした。むしろ自分も似たようなものだとすら、思ってしまった。
それは他者に縋る行為。自身の力ではどうにもならず、どうすればいいのかわからず、救いの手を求めて足掻いていることに他ならない。
レオナが苦しんでいるように、クライストも苦しんでいる。真っ暗な穴の中に突き落とされて、依然見えぬ出口を渇望しているのだ。自分と同じように、彼も誰かに助けてほしいのだと思った。
クライストがいった通り、一般的にこんな気持ちを抱えた心を美しいとはいえない。歪んでいるという言葉がよく似合うと心底思う。
クライストが抱える感情すべてを理解できるわけではないが、まったく分からなくもない己もきっと歪んでいる。だからこの心も、醜く歪んでいる。澄んでいることなど、ありえない。
マリーはなにも知らないから、この心を澄んでいるのだというのだろう。
以前と食欲が湧かぬままの朝食も終わり、食器をワゴンに下げていた侍女のマリーを見遣りつつ、レオナは思い切って声をかけることにした。
「すみません、今日は決まった公務もありませんので、王都にある教会に行きたいのですけれど………」
ダメだといわれるかもしれない。そう思わなかったわけではない。けれど今まで王都に通っていたという事実が、もしかしたら許してくれるんじゃないかという打診があった。
レオナの言葉を聞いた瞬間、やはりマリーは驚いた顔をし、片す手を止めて何やら考え込んだようだ。どんな答えが聞けるか分からぬが、期待することしかレオナには出来ない。
間もなくマリーが「わかりました」と苦笑しつつも承諾してくれれば、レオナはようやくほっと息をついた。
「ただ、一つだけお願いがございます」
「…お願い、ですか?」
「はい、きちんと護衛をつけさせていただきたいのです。もちろん今までも隠れるように付けさせていただいていたのですが、これからはそのお隣も堂々と守らせていただきたいのです」
「……」
それはつまり、レオナの立場がさらに注意すべき上位になったということ。曲がりなりにも王妃にと望まれたレオナは、今までの『6人いる側室の一人』ではないということだ。レオナは今、どの側室たちよりも王妃の座に近い場所に立たされている。
この現状を嬉しいかと問われれば、正直首を縦に振るのは難しそうで。王妃という立場に浮足立つほどの喜びは見出せそうにない。レオナはただ望まれたことに困惑するだけ。
これからもこうやって、周りが少しずつ変化していくことを自覚させられるのだろうか。
そんなことを思いながらも、レオナは頷くことしか出来なかった。
マリーはそんなレオナを満足そうに確認してから、再度テキパキと無駄のない動きで食器片しを始める。間もなく食器を乗せたワゴンと共にマリーが部屋から出ていった。
マリーが出ていった扉を眺めつつ、今のうちに支度をしてしまおうとレオナは立ち上がる。沈んでいた気持ちは王都にいけるということで少し浮上したらしい。思いの外軽い足取りでクローゼットの中にしまってある、侍女の服をしまいこんだ箱を取り出した。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
マリーが部屋に戻ってきたのは、あれから少し時間が経ってのことだった。すっかり着替え終わっていたレオナに返事を返したマリーは、入ってきた扉に振り返り二言三言言葉を発する。どうやら誰かを連れてきたようだ。
やがてマリーの手招きに合わせて現れたのは、離宮ですっかり見慣れた制服を見事に着こなした衛兵だった。皺一つない制服の上からでも分かる体の曲線から、衛兵は『彼』ではなく『彼女』だということはすぐに分かった。
健康的な若さが滲み出ている日に焼けた肌、一本に結われ背中に垂れている鮮やかな栗色の巻毛。女性的な柔らかな雰囲気よりも兵としての鋭さが感じられる、それでも整った面立ち。瞳は伏せられていて、どんな色をしているのかは分からない。
背筋をピンと伸ばし凛々しく歩く衛兵は、マリーの背後につくように立ち止った。
「レオナ様、先ほど申し上げました護衛の件ですが」
「あ、はい」
「こちらの方がレオナ様付きの衛兵殿になります。衛兵殿、ご挨拶をお願いいたします」
マリーに言われ、衛兵は伏せていた顔をゆっくりと持ち上げた。長い睫毛に縁取られ伏せられていた瞳と視線が合う。彼女はとても綺麗な、金緑色の瞳をしていた。
「このたび正式にレオナ様付きの衛兵の命を賜りました、フォレスタ国軍親衛隊第一部隊所属ミラルダ・フォン・アイゼンベルグであります。どうぞよろしくお願い申し上げます」
ミラルダは腰に下げた剣を鳴らして、完璧な角度で優雅なおじきをしてみせた。