会合 ― 先代王妃と国務大臣 ―
すっかり黙り込んだ息子を一瞥したのち、レイリアーナは執務室を出た。閉じられた扉を、そっと振り返る。
別に息子が可愛くない訳ではなかった。血の繋がりこそないが、息子としてクライストを可愛いと思うし愛してもいる。だからこそ、厳しくしなければならないと思った。
多くの民をまとめる国王の負担は、とてつもなく大きい。それは常日頃の生活はもちろん、婚姻にですら関わってくる。
とりわけ結婚に至っては愛のないものと割り切っているならばまだしも、相手の心までもしっかりと守って慈しんでいきたいと思うのであれば、それ相応の覚悟と力がいる。
クライストはレオナの心まで手に入れる気はないと語ったが、本心ではそうではないとレイリアーナは感じ取った。
それは長年クライストを見ていたこともあるだろうし、そういった感情に聡いレイリアーナだったこともあろう。クライストはただ脅えている、そう悟ってしまえば口が勝手に動いてしまった。
クライストが何かをこんなにも貪欲に望んだのははじめてだった。だからこそ、その望みは最高に叶えて欲しいと思った。レオナが欲しいというのであれば、きちんと彼女を丸ごと守れるほどの力と覚悟をクライストにつけさせようと思った。上っ面の幸せなどに満足してほしくなかった。
けれど少しばかり言葉がきつかったかもしれない。
ついため息をついてしまったレイリアーナに、若干呆れを含んだ声がかかる。
「母上も意地が悪いですねえ」
すっと柱の陰から出てきたのは、2番目の息子ダリルだった。クライスト同様、レイリアーナとは血の繋がりこそないが大事な息子に変わりない。
なかなか鋭い着眼点を持つこの息子は、レイリアーナが何を思ってクライストにあんなことを言ったのか、しっかり理解しているようだった。
「いやだわ、母に向かって意地が悪いだなんて」
「いやいや~、んだったらもう少しくらい申し上げればよかったんじゃないんですか?」
レイリアーナは可憐な花のようにくすりと笑ってみせる。
「そう? あれくらいが丁度いいと思うのだけど」
「あれじゃあ兄上は、母上が申したいことの1割も理解していませんよ…?」
「ならやっぱりこれくらいがいいわね。クライストにはしっかり考えてもらわなくちゃいけないもの」
「考えるというか、兄上にとったら完全に悩むってレベルだと思いますけどねえ」
それならそれでいいとレイリアーナが笑えば、ダリルは本当に人が悪いといいつつも苦笑する。
寡黙で達観していると重臣たちには思われているらしいクライストだが、精神面ではダリルのほうがよっぽど上なのだということを知っている。確かに醸し出している雰囲気はクライストのほうが重く泰然自若なのだが、そこばかりに目がいくと見逃してしまう事実だ。
きっとダリルほど、クライストの扱いに長けているものはいないだろう。正反対のイメージを他者に植えつける彼らだが、その実とてもいいコンビなのだ。
この件も、すでにレイリアーナの真意を汲み取っているダリルがいれば上手くいくと思えてくる。
「ダリル、私は貴方をとても信頼しているわ」
「へ? いきなりの買い被りはやめていただきたいのですが」
「これからもしっかりクライストの手綱を握ってちょうだいね」
「そういう言葉は一介の大臣にではなく、兄上の奥方に対して言うものなのでは!?」
心底嫌そうに言い返してきたダリルに、「まあそういわずに」と笑いかける。そして彼の手をとる。
「これから宰相と約束があるんだけれど、貴方も同席していただける?」
「……は?」
「そんなには時間かからないと思うから、いらっしゃいな」
「ちょっ……」
拒否権などないといわんばかりに、ダリルの手を引いてレイリアーナは歩き出した。