噂と実状②
コンコンと控えめに扉をノックする音が聞こえた。
レオナは髪を梳いていた手をゆっくりと止める。
目を閉じ、これからはじまる一日をすでに疲弊したといわんばかりに嘆息してから、意識を切り替えるようにあえて明るい声を出す。
唯一の長所と噂れている綺麗な顔に、他者を惹きつける妖艶な笑顔を貼り付けることも忘れない。
「どうぞ、お入りになって」
「失礼します。レオナ様、おはようございます」
「おはよう」
静かに扉が開けられ、現れたのは侍女だ。
レオナが側室として王城に上がってからの約半年の付き合いだが、典型的な主従関係だけで友人のような気安さはない。
レオナは彼女に心を開こうと思っていないし、侍女もそうだろう。
お互い挨拶や必要な事柄を言うだけで、それ以上話すことはほぼない。
「またそのように自ら衣装をお選びになって…、それらはわたくしたち侍女の仕事にございます」
「こればかりは譲れないわ」
この会話も必要なこと。
側室として、身分の高い人間のすべきことではないとやんわりと指摘する。
それに主が首を縦に振るかはまた別問題だが、侍女の仕事だ。
けれどさすがにこの会話を数ヶ月毎日やれば、相手も諦めてきているようで、それ以上なにもいうことはなかった。
侍女が引いてきたワゴンには朝食が乗せられていて、いい匂いが部屋を満たす。
侍女はそれらを手際よくテーブルに並べ、紅茶を淹れる。
レオナがストレートティーよりもレモンティーが好きだと知っている彼女は、スライスしてあるレモンとハチミツを紅茶に入れた。
優雅に手を伸ばし、レオナはクロワッサンを一つ取る。
焼き上がってまもないようで、小さく千切ればバターの香りをたっぷり含んだ湯気が立ち上がった。
一口いれれば、さくさくとした感触と焼き立ての甘さが広がる。
ずいぶん前に「とても美味しい」とつい漏らしてから、よく朝食に上がるようになった。
たぶんその呟きを聞いた侍女がコックに伝えたのだろう。
朝食もそこそこに、レオナは少し冷えてしまった紅茶を飲み乾した。
後片付けをする侍女を見つつ、口を開く。
「今日の午前、陛下とご一緒の公務がありますの。陛下のためにも、お化粧はいつも以上に念入りにお願いしたいのだけど」
「専属の化粧師に、そのようにお伝えいたします」
「ありがとう。きっと陛下の御心を捉えてみせますわ」
少し頬を染めて、いかにも陛下に会えるのが楽しみだといわんばかりの顔をした。
ただ着飾って、その見目麗しさで国王の寵愛を得ようとする。
賢いとはとてもいえそうにない、姿形だけを気にするレオナはまさしく、噂のおつむの弱い側室だった。