会合 ― 側室と淑女 ―
国王からの告白は、夫婦や恋人が交わす睦言などとは到底いえぬ代物だった。そもそもあの寡黙な国王からの告白だ。誰が甘い囁きだと想像するだろうか。否、できまい。
実際愛情を感じるセリフなどなく、むしろ愛はいらぬといわれた。告白を受け、クライストにどう見られているか理解した今も、改めてそこに愛情なんてものは存在しないのだと実感した。
淡々と話す、彼の口調からもそう感じることは難しくもなかった。
お互い愛情などゼロに等しい存在。今のレオナとクライストは、きっとそんな関係だ。
それでもクライストはレオナを王妃にと望んでいる。無論先にいった通り、そこに愛情などない。そして王に望まれてしまったレオナは、ただ王妃へと強引に押し上げられるその瞬間を、静かに待つことしか許されていない。
いい加減にしてほしい。そう嘆こうにも、もはや誰にも届くまい。
この身に流れる王族の血といい、先々代の王だったという父といい、その父をひたすらに慕った母といい。そして今国王として君臨するクライストといい。結局自分は、王族から切っても切れぬ運命だったようだ。
ぼんやりとそんなことを考えていたレオナの前に置かれたガラステーブルの上に、淹れたての紅茶が差し出された。さらにスコーンと数種類のジャム、クルミがはいったシフォンケーキにフィナンシェと続く。
それらを次々とワゴンからテーブルに並べているのは、先日知り合ったリリィという女性だ。
もともとリリィは王都で暮らしていたらしいが、レオナが入城する前にミナスに渡ったと聞く。王城に来たのはそれ以来一度もなく、ゆえにレオナが芳しくない噂ばかりの側室だと知らないようだった。
そんなリリィに友人になってほしいと申し込まれたのは、まだほんの数日前だ。
ニコニコと「さあどうぞ」とリリィに言われれば、レオナは素直に「いただきます」と頭を下げる。
レオナは今、【噂の側室】としての仮面は被っていない。というのもリリィと初対面時に素で対応してしまい、しかも盛大な泣きっ面まで披露してしまったこともあり、もはや今更な気がした。
淹れられた紅茶にはレモンのスライスが沈んでいて、ふわりと漂う柑橘系の香り。ストレートよりも赤みが抜けているけれど、むしろ輝いているようにも見えるこの色が好きだ。
こくりと一口飲み、レオナが落ち着いたところでリリィが口を開いた。
「ねえ、レオナ」
「はい」
「陛下から王妃にと望まれていると聞いたのだけど、あなた自身はどう思っているの?」
「え」
「レオナ自身も、王妃になりたいと思っているのかしらと…」
リリィの問いに、レオナはこれ以上ないくらいに驚いた。少し吊り目がちの瞳を精一杯開いて、リリィを見遣る。彼女は柔らかく笑ったまま、レオナの返答を待っているようだった。
レオナは何度も瞬きを繰り返し、必死にどう答えるべきか考える。けれど言葉がまったく出てこない。理由は一つ、そんなことを聞かれたのがはじめてだったからだ。
入城してからずっと、レオナ自身の考えなど聞いてくれる者は誰一人いなかった。与えられることしか許されず、側室の役目以外望むことなど出来なかった。
何度か口を開きかけては閉じを繰り返したのち、ようやく出す言葉を決める。
「わたくしが王妃など、不相応もいいところだと思っております」
「それはつまり、望んではいないってことなのね?」
「………」
言葉に出して答えるのはなんとなく躊躇われて、レオナは小さく頷くに留まる。
ただこのまま理由もいわず曖昧にするのは、寄こされるリリィの視線が許さないといっているようだった。それも上っ面の理由も聞かないといわんばかり。
ならばどこから話そうか。
何を話せばいいのか。
俯いて話す部分を考えたレオナだったが、自分との意志とは別に言葉が勝手に口を滑った。
「父が、大嫌いです」
「お父様が…?」
あっと思った時には手遅れで、思わず口元を手で覆ったが、吐いた言葉をなかったことには出来わけもなかった。
この話はあまりしたくはなかった。自分の中でもこのしこりは大きく、上手く感情がコントロール出来ないからだ。多分自分の王族嫌いの根っこがこの話で、今は整理したくない話でもあった。
整理して、自分なりに答えを出してしまったら、きっと今の状況を受け入れてしまう。母と似た道を進むことを、王妃になることを、ぶつけられた理不尽を受け入れてしまう。
それがとてつもなく怖い。ずっとそうなりたくないと突っ張っていたものを受け入れたら、進み方が分からなくなってしまう。自分というものが、なくなってしまう。
けれど一方で、それらを吐き出したら楽になるだろうかとも思う自分がいる。
なにもかも拒絶する生き方はとても疲れる。もう、そのまま流されてしまえと。
このまま誤魔化し逃げるか。
否、逃げ果せるか。
それは一体何から?と問われたら、無論「煤けた己の心から」と答えるしかないだろう。