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噂の側室  作者: ジグマ
本編
38/48

会合 ― 国王と国務大臣 ―

 王城中央塔最上階には、代々国王が使う執務室がある。現在は16代目王クライストの執務室。


 特注の椅子に座って業務をこなすクライストの背後には天井まである大きな窓があり、そこから入る夕日が赤々と彼を照らす。まもなく日が暮れる時間だというのに、相変わらずクライストは書類に目を通し、サインをする手を止める様子は微塵もない。

 それどころか傍のランプには火が入れられているあたり、まだまだ仕事をするつもりらしい。


 かりかりとペンが走る音と、さりさりと書類が捲られる音。加えて、ヂヂヂ…とランプの中で輝く炎の音。静かなのに、どこか忙しないこの空間。

 どこか異質だと感じるのは自分が変なのか、それともこの部屋の主のワーカホリックレベルが異常なのかはよくわからない。本当に彼が送る日々は睡眠時間以外はほぼこの執務室に籠り、国王としての業務をこなすばかりだ。


 もうとっくに、本日分の業務は終わっているだろうに。


 応接用のソファーにだらりと座ったダリルは、クライストをちらりと見遣っては嘆息する。

 クライストは国をまとめる王として、その勤勉さは優秀過ぎるほど優秀だろう。だが、人としてはどうなのだろう、と思う。


 クライストは基本、文句を言わない。どれだけの仕事を増やしても、淡々と処理をしていく。唯一の自由でもある睡眠時間ですら削ることも厭わない。

 まるで国王として存在することだけしか、自身の意義がないのだと主張しているようだった。


 実際『良き王になれ、正しき道を標す王になれ』と、そう教え込まれ過ごしてきた王子時代の日々は、過酷で窮屈で息苦しく。どんどん送り込まれてくる教師のおかげで知識は増えるものの、自分の中の何かが削ぎ落とされていくような毎日だった。

 今思えば削られていったのは、自我や意思といったものだろう。大勢の人の上に立つことが決まっている人間にとれば、個人を形成するものはあまり必要でないのかもしれない。


 情に流されては国をまとめてはいけない。

 王として、常に冷静に周りを見渡さなくてはいけない。

 強すぎる自我は、きっと邪魔なのだ。


 そしてそんな日々は、自分の価値を見失わせる。国のためにしか、価値がないのではないかと錯覚させる。

 ダリルはそこで反発し、一瞬飲み込まれそうになった感覚を一蹴したが、きっとクライストはその感覚に囚われてしまっているのだ。それは王としては好ましいことで、なんら問題はなく。

 けれど人としての自覚が欠如しているようで、どこか異質で機械のような異母兄。



 そんなクライストが初めて他人を求めたのが、6人の側室の一人であるレオナ・フライトという娘だ。見た目だけは良好の、芳しくない噂ばかりの先々代の血を引く娘。

 周りの人間のほとんどはレオナという人間を好んでいないようだが、ダリルはクライストが望むのであれば、その仲をどうにかしてやりたいと思っている。


「で、どうだったよ?」

「なにが?」


 相変わらずちらりともこちらを一瞥せず、書類に目を通すクライストには嘆息しつつ。


「わざわざ話してきたんだろ? あの噂の側室に」

「…ああ、レオナのことか。別にどうもなってない」

「どうもって……、愛の言葉の二言三言囁いて成果なしか?」

「……愛の言葉?」


 ようやくこちらにクライストは視線を寄こしてきたが、眉間にしわが寄っている。ダリルのいう意味がわからないとばかりのその表情。


「いやだって、権力使ってまで求めた女のとこいって、むしろ他になにを伝えるかこっちが聞きたい」

「歪んだこの身の内の話をしただけだ。彼女への執着心は、愛や恋などのものではないとお前も知っているだろう?」

「完璧に愛や恋だろ」

「そんな純粋でまっさらなものじゃない」


 純粋?

 ……まっさら?


 ダリルは思わず目を見開いた。

 愛や恋は、ただ純粋に相手を慕うことだけではないと知っている。慕うからこそ湧いてくる、嫉妬や妬みはまっさらな感情とはいえないものだ。人を慕えば、誰にでもそういった感情は腹の底に蓄積するもの。


 確かに想うきっかけは、歪んだ部分からの執着だったかもしれない。同じく自由のない側室の彼女に、国王である自分を重ねていたのかもしれない。そこにかりそめの自由を見出したのも間違いないだろう。

 でも、それだけじゃないだろう?


「じゃあなんで、娘にそんな話をしたんだよ」

「なんでって、話すべきだと思ったからだ」

「娘に知ってほしかったんだろ。自分がどういう人間か知ってほしくて話したんだろ!」


 相手に己をさらけ出すことは、それは好意に直結していると思う。

 己を知ってもらい、本当の意味で相手から理解してもらいたい。全部分かり合えるわけではないけれど、知ってほしいと思うもの。そして、相手を知りたいと思うのだ。


 けれどクライストは違うという。否、違うと思っている。

 きっと好意というものを今まで知らずにきたのだ。だから『好意』と『執着心』の違いが分からない。

 思わず怒鳴るように叫んだダリルだったが、クライストは首を傾げる。


「……なにをそんな、声を荒げるほどのことではないだろう?」

「お前が分からず屋だからだっ」


 いつだって国のため。

 この国の未来のため。


 クライストは本当にいい国王だ。けれどそうやっていつも自分というものをないがしろにしてきたのも間違いない。

 だから自分の気持ちにも鈍感になるのは仕方のないことなのだろうが、そういう面はどうにも人間として何かが欠如しているようで嫌いだった。

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