国王の告白⑤
クライストが通った日を境に、入城してから大人しく控えめな雰囲気やドレスばかりを着込んでいたレオナは一変した。
化粧をしっかり施し、隙のない艶やかなドレスばかりを身につけるようになった。
もとより非常に整った彼女だったから、それはそれは見目麗しい側室の中でも目立つ存在になった。
そして口数の少ない彼女が、よくしゃべるようになった。
ただその内容が拙いものばかりで、知的だとはいい難い話し方だったが。
逐一クライストは自らの執務室で、レオナに付いた侍女であり元乳母から彼女の行動の報告を受ける。
はじめて彼女が起こした行動は、どうやらこうやって芳しくない噂をたてることのようだった。
それはきっと城の者を、そして望まぬ夫であるクライスト自身を避けるためだろう。
彼女はすべてを拒絶することを選んだのだと、クライストは直感した。
やがて侍女の制服をどこからか手に入れたらしいレオナは、城を出て城下町まで行くようになった。
さすがに一人ではまずいと、事情を知る本来クライスト付きの近衛兵を、彼女には内密に付かせつつも出来る限り自由にしてやった。
クライストの我儘で与えた自由で、彼女が傷つくことは本望ではなかった。
町でのレオナの行動も、彼女についた近衛兵から手に入った。
意外にもレオナは行動派らしく、教会に併設されている孤児院で教鞭をとっていると聞いた。
子供たちと庭で遊び回っていることもあるらしい。
見た目こそ大人しく清楚な感じだとばかり思っていたが、まったくもってただの先入観だったと思い知った瞬間でもあった。
淡々と呟くように話すクライストとは違い、対面に座っているレオナは今にも倒れるのではないかというほどに色を失っていた。
俯きがちに送られてくる視線は、明らかに脅えと動揺と、そして少し怒りが入り混じっているようなものだった。
「全部、ご存じだったんですね…」
「…ああ」
ぎゅっと手を握って絞り出したようなレオナの言葉に、小さく頷く。
クライストはすっかり冷え切ったハーブティーを一口飲んでから、震えているような彼女を静かに観察する。
城から出て、孤児院で子供たちの相手をしているときのレオナは、本当にいつも楽しそうだと聞いていた。
城で妖艶な側室として振舞っている作られた笑みなどなく、屈託のない笑顔で笑うそうだ。
そんなレオナは聞くばかりで、実際は一度だって見たことはない。
いつだってクライストの傍にいるときは、【噂の側室】としての仮面を被った彼女だった。
美しく妖艶で、隙なくしっかりと着飾り、賢いとはいえない振る舞いばかりをするレオナだ。
そして向けられる表情は常に無駄に甘ったるく、その裏には自分を選ぶなという強い意思を感じた。
2つの顔を持つ彼女。
その両方の顔を知ることは叶わない。
けれど、だからこそ余計に知ってみたいと思うのが人間なのだ。
「貴女のさまざまな報告を受けていくうちに、いつの頃からかその報告が楽しみになっていった」
「……楽しみ、ですか?」
「今日の貴女はどんなことをしでかしているのか、どこにいくのか。かりそめとは知らずとも、自由な空の下どんな表情をしているのか。そんな風に考えるようになった」
そして物足りないと、思い始めてしまった。
聞くだけでは物足りない、自分の目でも見てみたい。
その笑う声を聞いてみたい。
屈託のない笑顔とはどんなものか。
楽しそうな彼女とはどんな彼女なのか。
「手放すと決めていたはずだった。けれどもう手放すことなどできないと思えるほど、この執着は大きくなってしまった」
「………」
「いずれ側室を降りた貴女が故郷に戻るなど、とても納得出来そうになかった。私の傍を離れていくなど、許せそうになかった。誰にも貴女を奪われたくなかった」
レオナはなにもいわなかった。
ただ黙って少し俯いて、視線が合わぬようにクライストの首筋あたりを見遣っている。
張り付いている表情はとても堅苦しい。
好かれているなど、思ってはいない。
こんな告白をした今ならなおさら、気持ちを向けられることなどないだろう。
クライストの我儘で偽の自由を与えられ、あまつそれが原因でレオナがまったく望んでいない結果になってしまったのだから。
もしかしたら、話に聞く屈託のない笑顔や楽しそうな姿を見ることは出来ないかもしれない。
権力にものをいわせて、これから彼女の一生を縛りつけるのだ。
それが本末転倒など分かっている。
分かっていて、それでももう彼女を手放せないほどにクライストの中の執着心が膨らんでしまっている。
そんなろくでなしの王から、彼女にいえる言葉はとても少ない。
けれどその少ない中、これだけは伝えねばとクライストは口を開く。
「貴女に私を愛してくれとはいわない」
少し胸が痛んだように思えたが、きっと気のせいだろう。
そもそもクライストに痛むことなど許されもしない。
責めるのも泣きだすことも、もう自分から逃れられぬレオナにしか許されないと思った。