国王の告白④
「この想いが強くなったきっかけはやはり、入城してまもなくの貴女の元にいったあのときだろうな」
そう吐き出した瞬間、ぴくりとレオナの体が強張ったのが分かった。
クライストがいう『あのとき』というのが、純潔を奪われたと思っている日のことだと察すれば、その身を固くしてもしかたのないことなのだろう。
彼女は今でこそ側室の一人になってはいるが、もともとは純潔を守り厳しい規律の中で生きていた修道女だ。
その性質は修道女として長く生活していた分、なかなか抜け切るものではない。
クライストの歪んだ部分が矯正出来ずにいるように。
目を閉じれば、当時の記憶が鮮やかに蘇ってくるような感覚がした。
きっと今のレオナが、あの晩の脅えきった彼女と重なっているからだろう。
無礼にあたると思っているのか、レオナは懸命に震えを隠しているようだが、その瞳の奥の震えだけは抑えきれていないことを彼女は知らない。
あの晩、彼女はベッドの上で仮にも夫だという男の目の前で静かな寝息を立てていた。
けれどそれは仕方のないことだと思った。
彼女から香ったカモミールの香りから、眠り薬を飲んだであろうことは察知していたからだ。
側室としての役割と、修道女しての抜け切れぬ性質の間で揺れ動いた結果なのだと感じれば、責めることも問うこともしようとは思わなかった。
別に手を出す気もなかった。
クライストを拒絶するならば、それはそれでかまわないと思った。
なにも側室はレオナだけではなかったし、とくに側室を望んでいなかったクライストにとっては、誰に世継ぎを生んでもらおうと同じだったからだ。
ただ、あまりにもベッドで眠ったレオナが扇情的だったのは想定外だった。
つい本能のまま唇を寄せてしまったことも。
彼女の細い首筋と胸元に一つずつ、小さな花が咲いてまもなくだっただろうか。
薬のせいですっかり深く寝入っているレオナが、寝言を呟き始めた。
はじめはうめき声のような、聞き取れるものではなかったが、やがて聞きとれるほどの言葉になり、彼女の表情がどんどん歪んでいったことを覚えている。
最初は何かを拒否するような言葉。
やがて母を呼び、誰かに助けを求めるかのような悲鳴にも似た言葉。
そして、「必ず逃げ出してみせる」と泣きながら呟いていた。
もともとレオナは城に上がることを拒んでいたと、彼女ら6人の側室を集めた宰相がいっていた。
彼女を迎えに行った使者の説得に根負けしてやってきたと聞いている。
レオナはこの城から、側室としての役目から逃げ出したいのだとクライストは直感した。
そして彼女は自分と同じなのだと気がついてしまった。
彼女もまた、逃れられぬ宿命を背負ってしまっている。
どうにもならない閉塞感に苦しんでいる。
自由を渇望するも、自らの力ではどうにもならぬと打ちのめさせられている。
そう、自分と同じだ。
もしかしたら、彼女がここに来たにはなにか事情があったのかもしれない。
心残りがあったのかもしれない、そう感じた。
けれどさすがに国王といえど、側室に召し上がった娘を即解放してやることはできない。
そもそも国王が側室の元に通うということは、子をなすことに直結している。
たとえ1度の契りといえど、もしかしたら王の子を孕んでいるかもしれないのだ。
とくに一度でもクライストが通ってしまった事実があれば、規則として3年は離宮から出ることは叶わない。
それは未来の王に、ひいては国の未来に関わることであり、こればかりは王の独断は許されていない。
国王の権限を持って短くしてやれたとしても、完全に子を孕んでいないことの確認のため1年間はここに留まることになるだろう。
レオナが側室を降りたいというのであれば、その猶予期間を過ごしたのちに開放してやろうと思った。
どうせ放すのならば必要以上に城の規則で縛りつけるのも忍びないとも思い、ある程度ならば自由を与えてやろうとも思った。
当初レオナ付きだった侍女を、クライストとダリルの元乳母だった者と入れ替えた。
元乳母には、レオナが望む出来る限りの自由を与えてやってほしいと伝え、なにか行動を起こした際はフォローしてやってくれと頼んだ。
離宮でいらぬ面倒はできるだけ回避してやってほしかった。
そうしてレオナにかりそめの自由を与えることで、この歪みが和らいでいくのをしっかりと感じた。