国王の告白③
ときにそれは猫であったり、小鳥であったり。
怪我をしたリスだったこともある。
予期せずに手の中で死んでしまったあの小鳥をきっかけに、クライストは城内でなにかと拾うようになった。
そのたびに彼はかりそめの自由に浸り、与えられる安堵感に歪んだ自分を保つようになる。
けれどそれを知らぬ周りは、クライストの行為を心優しいものだと微笑んだ。
怪我が癒え王城から放たれる動物を見守るたびに、癒えずに死にゆく動物を看取るたびに、クライストは静かに思う。
本当にそういった心から引き取ったというならば、こんな安堵感はないだろう、と。
自分に嵌められた枷は重たすぎて、もう外そうとも思えない。
自由を渇望して足掻くにしては、クライストは受け入れ過ぎてしまっていた。
やがてクライストは先代王が退位するとともに、隠した歪みそのままに16代目の現国王になる。
王太子のとき以上に忙しい毎日は、変わらずクライストを追い立て続けた。
睡眠時間も削ることも増えた。
それでも寄せられる期待に応えねばと、クライストの抱える歪みはさらに増していった。
もちろん王としての義務は、国を取り仕切ることだけではない。
いずれは国を継ぐ子をなすことも責務だ。
即位して2年間は多忙な国務を理由に、実際はただの不精からくる面倒臭さで、王妃や側室らの話を蹴り続けてきていたがそろそろ限界だった。
歴史のあるフォレスタでは、やはり王族の血――引いては直系の血―をとくに大事にする傾向が強い。
実際養子であるクライストながら、戸籍は先代王と王妃の実子とされているのはそのせいだ。
無論養子云々については極秘事項とされていて、知るは国の最高幹部の一部のみ。
その他中堅職や国民には公表されておらず、知る者はいない。
だからといってクライスト自身は、血筋などにこだわりはない。
かくいう自分も先代の血も引いてないが、なんだかんだと国王になったという事実が大きいのだろう。
別に血を分けた子が次期王ではなくてもいいと思っているし、なんなら他から養子を迎えてもいいと思っている。
けれど昔から国に仕える宰相らは、現国王クライストが直系ではない上、先代の王の血も引かぬのならせめて、次期王はどちらかの要素を引き継いでほしいのだという。
確かに国を引き継ぐにはそういった要素も強いことに越したことはないと、クライストとて理解もしている。
だからせめて側室だけでも迎えてくれと、毎日嘆いていた宰相の申し出にしぶしぶ頷いた。
自ら望んだことではなかったから、クライストはその一切を宰相に任せた。
とりあえず形だけでも迎え入れれば納得するだろうし、その嘆きも止まるだろうと思うくらいだった。
なかなか敏腕な宰相は、それから間もなく6人の側室らを呼び寄せることになる。
やってきた6人のうち5人が国内でも高い爵位の父をもつ、うら若き娘たちだった。
多少なりとも王族の血が混じった娘たちは、国王の側室話に即首を縦にしたという。
さすが自らと同じ位か、それ以上の男に嫁ぐことが誉とされる貴族の娘たちといった反応だった。
そして最後の6人目として選ばれたのが、唯一直系の血を引く庶子の娘。
とくに先々代の王は賢王として名高かったため、その血に期待を込めたのだろう。
元修道女だというその娘の入城は、悪天候により予定より1ヵ月も遅かった。
最後の側室が本日やっと入城予定だとクライストが聞いたのは、その朝のこと。
まったく興味もなかったクライストは小さく頷くだけで、通常と変わらず執務室に籠って公務をこなす。
一向に減らない机上に積まれた報告書・思案書・嘆願書などを片っ端から処理していった。
さらには昼食すらもわざわざ運んでもらい、仕事の傍らで済ます始末なのだが、膨大すぎる量はなかなか処理しきれるものでもない。
日が暮れかけてもなお処理しきれない量に、さすがのクライストも溜息をつく。
凝った肩を回せば、見事な音が何度も何度も鳴る。
そういえば最近体を動かしてなかったと思いつつ、何時間も座っていた椅子からようやく立ち上がる。
一応今日の分は終わっている。
気分転換に少し王城内でも歩こうと、何気なく部屋を出て歩き始めたクライストが、王城と離宮をつなぐ中庭で丸まっているレオナを見つけたのはそのまもなくのこと。
本当にただの偶然だった。
「中庭の隅で小さい体を丸めた貴女を見つけて、なんとなく気になって。話かけてはみたものの、貴女に思い切り拒絶されて戸惑った」
思い出して、クライストは小さく笑う。
たぶん当時の彼女は、まさか国王自らが話しかけているとは思ってもいなかったのだろう。
うずくまったまま顔も上げないレオナは、やがて泣き始めてしまった。
そのことに驚き焦ったクライストだったが、なんて言葉をかけるべきか分からず口をついたものといえば、情けないことに泣く理由を問うものだけ。
案の定それすら拒絶されたが、どうにも傍を離れるのが忍びなかった。
そしてもう常になりかけている、あの安堵する気持ちをも感じてしまっていた。
「けれどまだあのときは、そこまで気にしていたわけではなかった。確かに他の5人の側室らよりはよっぽど興味が湧いたのは認めるが」
「……それはつまり、陛下が城内で拾う弱った動物たちに、わたくしが似ていたと?」
「まあ、そうだな。だいたいはそんな理由だ」
若干他にも理由があるようにいうクライストに、レオナが小首を傾げる。
妖艶とはとてもいえぬその反応、いつだったか昔に怪我をして拾ったリスのような仕草だ。
あのとき―――はじめて会ったとき――は毛を逆立てた子猫のようだったと思い出す。
きっとレオナは拾われた動物の雰囲気にこそ似ている、と思っていることだろう。
けれど実際は『その行動すらもなんとなく庇護したくなる、放っておけない小動物さながらなのだ』と思われていることなど知る由もない。
さすがのクライストも、それは成人した女性にいう言葉ではないと判断し、曖昧に返事をすることで誤魔化すことにしたようだ。