国王の告白②
今から約24年前、16代目フォレスタ国王クライストはこの世に生を受ける。
父親は先々代の王弟、母親は大公令嬢。
3男として生まれたクライストだったが、母親の腹にいるときからすでに、子に恵まれなかった先代王の養子になることが決まっていた。
物心つく頃には次期王としての道を歩んでいて、その日々は不満を感じる余裕などない多忙なもの。
睡眠時間以外はすべて分単位で予定が組まれていて、常時1週間後先まできっちりと管理されるほどだった。
王太子クライストとして、周りから望まれる勉学の量は凄まじく。
帝王学にはじまり、一般的な教育・心理・人類・考古学に、歴史・地理学、言語学。
政治・行政・経営・経済学に、数学、薬学、天文学、軍事学などなど。
さらにそこにマナーやダンスレッスン、護身術として剣術も加わる日々。
同じく先代王の養子となり、王教育を受けていた異母弟は、このがんじがらめの生活をずいぶんと嫌っていた。
クライストとて気持ちは分からなくはなかった。
自由時間ですらなかなか取れない日々は、やはり窮屈だと感じてしまうこともあった。
けれどクライストは文句一つ言わず従っていた。
周りから寄せられる期待も大きかったことが、なによりもその理由に挙げられるだろう。
寄せられる期待を無下にしてまで、自分の望みは叶える価値があるのだろうかとクライストは思ってしまうのだ。
そして他人が望むように振舞うことが、大人ばかりの中で生きることしかなかった彼なりの処世術でもあった。
だからクライストは気付かなかった。
自分がまだ、所詮は子供なのだということに。
確かにもとより気随さに欠けるタチだったが、あまりにも自由のない日々は無意識に、けれど確実にクライストの心を蝕んでいっていた。
それでも自らのことにすらどこか他人事だった彼は、そのことにすら知らぬまま過ごす。
ようやく自分が少し異常なんじゃないかと思ったのは、それからさらに数年たった16歳くらいのときだった。
それは相変わらず息をつく時間もないほどの苛烈を極める日々のある日、クライストが王城の西塔から中央塔へ移動している最中のことだった。
どこからか弱々しい鳥の鳴き声が聞こえてきて、ふいにクライストは足を止めた。
周りを見渡せば窓枠のところに小鳥が横たわっていて、どうやらその小鳥が鳴いていたようだった。
窓を開けて、クライストはその小鳥を拾い上げる。
とくに出血もなく、骨に異常もないようだった。
けれど寿命だったのか、小鳥はやがて鳴き声を立てなくなり、そのまま冷たくなった。
自らの手の中で命が消えていくことを、はじめて感じた瞬間だった。
それは生き物が生き物ではなくなった瞬間でもあり、生き物が動かぬ物になった瞬間でもあり。
鳥として生きていた枷が外れた瞬間でもあった。
そして―――。
「…ほっとしたんだ」
記憶の中から意識を浮上させるかのように、クライストは閉じていた目をゆっくりと開く。
見事な細工の施されたガラステーブルが目に入り、その上に置かれているティーカップが目に入った。
ハーブティーから湯気はもう上がっていない。
すっかり冷めてしまったようだ。
「死んでしまった小鳥を見て、私は安堵したんだ。無論生き物の死を直接的に感じたことも衝撃的だったが」
「……」
「当時はこの気持ちがどこからくるのか分からなかったが、今はよく分かる。あのときは無意識的に小鳥に自分を重ねていた。死ぬゆくは小鳥ではなく自分だと、安堵したんだ」
ゆっくりとその視線をレオナに移せば、少しだけ眉根を寄せている彼女と目が合った。
レオナはなにか言いたさそうな顔をしていたので、クライストはしばらく閉口する。
彼女はなにやら考えあぐねているようで少し俯いていたが、やがてクライストに視線を向けてきた。
「苦しかった、のですか? その、与えられた生活が」
「…あまり自分では強く意識した覚えはないんだが、そうだったんだろうな。ずっとどこかで逃げ出したいと思っていたんだと思う」
王太子としてのクライスト。
次期16代目国王としてのクライスト。
自由などない。
けれど文句も言えず、抵抗もしなかった。
そんなクライストが、他者を通すことでかりそめの自由を得ようとしたのは、至極当然のことだったのかもしれない。