国王の告白①
「うーん…」
見事な皮張りのソファーにどっかり座り、クライストは腕を組みつつ小さく唸った。
あれからレオナに「今更になって申し訳ないが、すべてを話したいから聞いてくれぬか?」と問い、彼女の部屋にきて今に至っているわけなのだが。
どうしたことか、いざ話をするとなるとどこから話せばいいのかとクライストは困惑していた。
無論すべてといったからには全部話すつもりだが、どうにも口達者ではない自分では難しいような気がする。
小さなガラステーブルを挟んだ向かいのソファーには、この部屋の主でもあるレオナが座り、二人分のお茶を静かに淹れていた。
今のレオナからは、いつもの溢れるくらいの妖艶さは微塵も感じられない。
たぶんこの落ち着いた雰囲気のレオナこそが、本来の彼女なのだろう。
王妃として選ばれぬよう被ったと思われる、側室としての仮面。
けれど選ばれてしまえば、もう被る必要がないと考えたようだった。
……それにしても、だ。
あの【噂の側室】と、この目の前の彼女は別人のようだと、クライストは改めて思う。
話には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだった。
視点を変えて考えれば、それだけ彼女が無理をしてきたということになる。
一体こんな華奢な彼女のどこに、それだけ気を張り続ける精神力があるのだろうかと疑問にすら感じたが、そういえばいつだったか母が「女性の内に秘める強さは外見に比例しない」と言っていたことを思い出す。
あのときはよくわからなかったが、今はよくわかる気がした。
そんなことを考えていたクライストの前に、「どうぞ」とティーカップが差し出された。
ガラステーブルの上に置かれたティーカップから、豊かな香りをたてているのは、間違いなくハーブティーだ。
クライストは首を傾げる、レオナはハーブティーより紅茶が好きだったと記憶していたからだ。
「……紅茶、ではないのか?」
「え…?」
クライストの言葉が意外だったのか一瞬レオナは目を丸くしたが、すぐに頭を下げてきた。
「申し訳ございません、すぐに淹れなおします」
「…いや、そうではなく。貴女は、紅茶のほうが好きではなかったかと」
「確かに、わたくし自身は紅茶のほうが好きですが…」
少し伏し目がちながら、レオナが視線を寄こしてくる。
「ハーブティーのほうがリラックス効果がありますので。…その、陛下が困惑しているように感じたので、こちらのほうがいいかと」
「……そうか」
「勝手に差し出がましいことをいたしました」
「いや、ありがとう。遠慮なくいただく」
クライストはハーブティーの入ったカップを持ち上げ、一口含む。
ほっとするようなすっきりとした甘さと、芳醇なりんごのような香り。カモミールだ。
薬草類にほぼ興味のないクライストだが、なぜカモミールの香りだけは覚えたかといえば。
普段ローズオイルを愛用するレオナだが、ふとした一瞬に彼女から香るからという理由があったりする。
無論レオナ本人は、こんな些細なことにもクライストの意識が向けられているなど知る由もないだろうが。
正直彼女への執着心は、クライスト自身も持て余している。
元来、人にも物にも執着しないクライストだったから、余計に戸惑っていることも認める。
こんなにもなにかを望んだことがない故、我ながら少し怖くもあるが、なんとなく誇らしい気もする。
けれどこの想いは純粋な好意からではないということも、クライストは自覚していた。
無論女性としてレオナに魅力を感じてはいるが、この執着心のもとは別の所からきていると思う。
実際この想いを『好意』というよりは、『執着心』といったほうがしっくりすると感じるのはそのせいだろう。
レオナは、クライストにとって心に隠れた自分自身そのもの。
彼女を傍に置くことで、クライストは叶わぬ欲求に傷ついた自身を癒す。
レオナはクライストの身代わりなのだ。
だから手放したくないし、誰にも渡したくない。
足掻く彼女を見て、自分は癒されたいのだ。
人はこれを、愛や恋などとは決していわないだろう。
寡黙な国王といわれているが、実際の自分はただの歪んだ人間なのだと痛感する。
クライストは静かに視線をレオナに流す。
意外にも真剣に見つめ返されれば、少しだけ居心地が悪くなる。
たぶん、歪んだ自分にはまっすぐ過ぎるせいなのだろう。
また一口、逃げるようにクライストはハーブティーを飲む。
そうしてゆっくりと息を吐き出せば、ようやくどこから話すべきかも考えついた。
ティーカップをガラステーブルに戻したクライストが、その唇を薄く開く。
「まずは、直接的には関係ない話からになるのだが……」
「はい」
「…私の、幼い頃のことから話しをしよう」
長い話になるが辛抱してくれるかと問うたら、レオナが小さく頷き返してくれた。