噂の代償④
ああまったくどうして、厄介なことはこうも次々とやってくるのだろうか。
国王からのまさかの王妃候補と続き、2度と会いたくない人物と再会するだなんて。
世の中無情と言葉を残した人間の気持ちが、今は良くわかる。
にこやかな笑顔を貼り付けたゼルフが、凍りついたままのレオナの前までやってくる。
ゼルフはレオナの手を取り、形式的なお辞儀する。
「ご機嫌麗しゅう、レオナ様。お久しぶりです」
「……お久しぶりでございます、ゼルフ様。ご機嫌麗しゅうございます」
「正式にご側室になられたとか、離宮の暮らしはいがかですか?」
「…ご心配いただくことなどありません」
「それは失礼いたしました」
すっかり色を失ってるレオナに、ゼルフはどこか満足げに微笑む。
そうしてゆっくりレオナの手を離す彼は、まるで離れていく温もりがおしいとでもいわんばかり。
「それにしてもレオナ様、また一層辛気臭い顔されてますね。その脅えた顔なんてとても魅力的で、私は一番好きですよ」
「……本当に、悪趣味でいらっしゃる」
「いやだなあ、女性に対して魅力を感じるのは男の性ってやつですよ。お母上譲りの美貌のレオナ様なら特に」
「嬉しくも何ともありません」
「そうでしょうね、レオナ様は私が大嫌いでしょうから」
心底楽しんでいるようにゼルフが笑う。
レオナは震える体を堪えるのがやっとだというのに、この余裕の差がまた腹立たしい。
彼女の中に植えられているゼルフへのトラウマは、半年以上経った今でもしっかりと根を張ったままだ。
どうしても忘れられない。
修道院が焼けゆく炎を感じても、むしろ微笑んだゼルフ。
レオナの激しい怒りにすら、彼は愉快そうに笑うのだ。
一体なにが彼をここまで駆り立てるのか知らないが、常軌を逸している。
いつまで彼に脅え続けなければならないのか。
思う一方で、ゼルフの狂気に満ちた視線は一生涯慣れぬことはできないだろうともレオナは感じていた。
そんなレオナに、ゼルフはふと今までに見たこともない笑みを浮かべてみせた。
それは非道さなど一切感じさせぬ、穏やかな微笑み。
慈しむような、それでいてなにか熱いものを内に秘めているような視線をレオナに送る。
「ですがそんな貴女が、私は心底愛らしいと思っています。愛しているといっても遜色などないでしょう」
ゼルフの予期せぬ言葉に、レオナは返す言葉すら見つからなかった。
思わず息を飲み込めば、呼吸が乱れる。
彼は一体なにを言っているのだろうか。
まったく理解できそうにない。
否、理解しようとも思わない。
ただレオナは拒絶するだけだった。
「なにをそんな、ご冗談を…」
「そしてそれ同等に、貴女が憎くて仕方ないです」
レオナの言葉をゼルフが奪う。
途端彼の瞳に宿った熱は、得体の知れない狂気に淀んだ。
いつもの、どこか非道さを感じさせる瞳だ。
「もっと傷ついてください、もっと追い詰められてください。絶望に嘆く貴女が私の救いなんです。もっともっと打ちのめされてください。もういっそ壊れてしまえばいいのに」
すっかり血の気の失っているレオナに、ゼルフはそのオリーブ色の瞳を満足そうに細めるだけだった。