噂の代償③
天気のいい昼下がり。
まだ衰えを知らない日差しは強く、高い城壁など気にならぬと差し込んでいる。
ここは王城と離宮をつなぐ中庭。
離宮から出してもらえなかった先々代の王妃が、つかの間の自由を求めてこの中庭を作ったのだと聞く。
中庭というには専属の庭師が3人いるほど非常に広く、けれどどこもかしこも見事に手入れが行き届いていて、見る者に癒しを与え楽しませてくれる。
こんなにも植物や人工池に泳ぐ観賞魚の種類の多いのは、たぶん外の世界に焦がれた先々代の王妃の想いの強さからなのだろう。
その中庭の中心辺りに設置されている東屋に、レオナはぼんやりと座っていた。
座っている場所から見える人口池には、なんとも綺麗な魚たちが泳いでいる。
彼らのように限られた自由しかなくとも管理された場所で生きるのと、不安と厳しさに日々追われつつも縛られることなく自由に生きるのとではどちらが幸せなんだろうか。
跳ねる魚たちを見て、レオナはそんなことを考えていた。
別にどちらの生き方も否定するわけではない。
ただ無意味に魚に自分を重ねてしまっただけだ。
ふと視界が翳り、レオナは視線を上げる。
そのまま視線を横に走らせれば、国王の6人いる側室の一人ファルマがいた。
燃えるような赤毛と翡翠の瞳がなんとも情熱的に感じられる美女だ。
蕩けるような甘い笑顔のまま、ファルマは優雅なお辞儀をして見せる。
「ごきげんよう、レオナ様」
「ご機嫌麗しゅうございます、ファルマ様」
レオナは慌てて立ち上がり、お辞儀を返す。
同性が見てもうっとりするような愛らしい笑顔のファルマの、けれどその目がまったく笑っていないことにレオナは気がつく。
【噂の側室】であるレオナが、王妃になることを面白がる人間などほぼいない。
けれどその一方で、レオナに利用価値がでてきたと目論む人間が増えたのも間違いない。
現に朝から各所からの、さまざまな思惑を乗せた手紙が届いている。
同じ国王の側室でもあるファルマは、レオナに寄こす鋭い視線から前者だと簡単に判断できた。
どうやらさっそく昨晩の夜会の後腐れが回ってきたようだ。
あれからファルマに誘われるまま、レオナは彼女の部屋のテラスでお茶を飲んだ。
無論最初は申し出を断ろうと思ったが、ファルマの様子からとても断れる雰囲気でないと察すればついていくしかなかった。
彼女の部屋についたとき、すでに茶会の用意はしてあって即椅子を進められる。
ここまできたら断る必要もないレオナが席につくと、一見穏やかな2人だけのお茶会がはじまった。
ファルマ自らお茶を淹れ、レオナに差し出す。
茶葉はどこだと思うかと聞かれたので、レオナは一口吟味してからあえて違う地方を口に出した。
やはり分からぬかといわんばかりのファルマの蔑みを含んだ笑顔など、レオナにとっては案の定。
紡ぎ出される柔らかい会話の端々に生える刺は、レオナなど王妃にふさわしくないという隠れたファルマの感情そのものだった。
なにを思って国王がレオナを王妃にと望まれたか、恐れ多くて国王本人に聞けぬファルマの焦燥感がよく感じ取れる。
行き場のない嫉妬とともにそれが向けられているお茶会は、それから2時間以上も及んだ。
そしてようやく解放されたときには、もう日が沈みかけていた。
疲れた表情そのままに、レオナは王城の空中廊下から城下町を眺めている。
この時刻、もう人があまり通らないここは、レオナのお気に入りの一つだ。
喧噪とは無縁のこの場所は、いろいろなしがらみを忘れさせてくれる。
、
昨晩の夜会での出来事は、間違いなく望まぬ波乱の幕開けだ。
ことが大きすぎるだけに、レオナはこれがどう終結するかまださっぱり掴めない。
加えて彼女の心を騒がしている葛藤もまだ終わっていない。
不安だらけの未来にレオナがため息をついたそのとき、向かいから誰かがやってくる足音が聞こえてきた。
レオナは何気なく視線を上げ、その人物に視線を送る。
その人物を認識するや否や、レオナはその場に凍りついた。
忘れもしない、アッシュブラウンの髪とあの優男風の甘い顔つき。
一見にこやかに笑っているくせに、オリーブ色の瞳に宿るものは狂気なのだと今は思う。
穏やかな雰囲気に隠されているのは、見た目からでは想像できぬ非道さだ。
向こうも驚愕の表情を貼り付けて立ち止まっているレオナに気がついたようで、こちらに視線を寄こしてきた。
真正面から彼と目が合う。
一気に世界が暗くなるのを、呆然としたレオナの意識がかろうじて認識する。
絶句するレオナの視界の中、堂々と歩いてきたのはゼルフだった。